第17章 昔話
紡いだ名前に、僅かに安室の目が見開かれた。
「金髪で、成績優秀、なにかと陣平さんと張り合ってて、同期なのに消息がつかめなくなった。きっと公安にでも行ったんだろうって、言ってた。」
「…」
「透さん。本当は探偵じゃなくて、警察官なんでしょう?」
柊羽は真っ直ぐに安室を見つめた。
もう言い逃れはできない。そんな風に思わせる眼差しは、どこかあの小さな探偵に通ずるものがあるな、と安室は思った。
「…張り合ってたというよりは、松田がいちいち喧嘩をふっかけてきたと認識してたな、僕は。」
松田とは学生時代の友人であるとしか打ち明けていなかったのだから、もしかしたら警察ということは明かさずとも誤魔化せたかもしれない。
けれど安室は、もう柊羽に対して嘘を重ねるのはやめよう、そう思ったのだった。
「アイツのせいで何度教官に叱られたか…。殴り合いの喧嘩もよくしていた。でも…」
話している内容は愚痴に近いが、言葉とは裏腹に安室の表情は穏やかだ。
「ピンチの時に頼りになるのも、アイツだった。」
柊羽の質問にきちんと答えたわけではなかったが、そんなものは聞かずとも明らかで。
昔を懐かしむ安室の様子に、なぜか柊羽の胸が締め付けられるようで、涙がこぼれた。
「ははっ、なんで柊羽が泣くんだ」
「だって…っ、」
なんでと問われても説明しようがない。
自然とこぼれたそれは、懐かしさからか、思い出を共有できた喜びからか。
段々と我慢できなくなりしゃくり上げる柊羽を、安室は再び優しく抱きしめた。
「待たせてごめん。我慢ばかりさせて、すまなかった。」
「ううん、ううん…っ!」
安室の立場を考えたらきっと仕方の無いことだったんだろうと思えば、責めることなどてきなくて。
何度も謝る安室に気にするなと言わんばかりに、ただただ首を横に振り続けた。
「降谷零」
「ふるや、れい?」
「それが僕の本当の名前だ」
「ふるや、れい…零、」
「ああ。」
「やっと、呼べた。零、零さん…っ!」
この瞬間を、どんなに待ち望んだことだろう。
心を開いてくれていたようでも、ずっとどこか一線引かれていたような感覚だった。
二度と忘れるものかと、何度もその名を呼んだ。