第16章 純黒の悪夢
柊羽から、静かだか確かに鬼気迫る空気を感じとった青年が無意識に腕の力を緩めた隙に、柊羽は手を振り解いた。
(陣平さんが命を懸けて守ろうとしていたものを、私も守らないと)
そんな使命感が柊羽にはあった。
もし生きてこの場にいたら、そんな危ないことはするなと怒られるだろうけれど。
(いないんだもん。私は私のやりたいようにやるよ)
心の中でちょっと文句を言うくらい、許してほしい。
「貴方も、あちらに避難してください。」
今度は震えることなくそう放てば、青年は思わず後ずさりながら柊羽から渋々離れていった。
胸を撫で下ろすのも束の間、再び外を見れば観覧車は今にも建物に突っ込もうとしていた。
(やばっ…!)
逃げなければいけない。
けれど恐怖で足が上手く動かない。
頭と身体がリンクせず、柊羽はただただ立ち尽くしているだけになってしまった。
(…ん?あれ、)
僅かに人影が見えたような気がした。
そして次に現れたのは大きなサッカーボール。あれは紛れもなく博士の発明品。
観覧車と建物の間に放たれたそれはクッションの役割となり、直撃は免れることができたのだ。
が、しかし、それでも観覧車は完全に止まることはなかった。
(それは本当にマズイかも…!)
圧迫されて窓ガラスも割れている。
いよいよここにはいられないと思ったが、柊羽は再び気になる影を見つけ目を凝らした。
(クレーン車?)
誰が運転しているかまでは分からない。
どこからか現れた荒っぽい運転のクレーン車が観覧車を掴み勢いを殺している。
さっきサッカーボールが出てきたということは新一ではない。
ましてや敵である黒の組織がこんなことをするわけが無い。
他にあの場にいる人物を1人しか知らない柊羽はサッと血の気が引いた。
(透さんじゃ、ないよね…?)
柊羽は操縦している人物をなんとかこの目で確かめようと、降り注ぐガラスも厭わずギリギリまで近づいた。
「…ったぁ、」
身体のいたる所が切れているけれど、それどころではなかった。
もう少しで見えるかもしれない。
そう思った瞬間、クレーン車は後退した観覧車に押し潰されて大破した。