第16章 純黒の悪夢
柊羽は未曾有の事態に思わず固まった。
(なんでいつもいつも、観覧車なのよ…っ!)
もう二度と乗るもんか、僅かにそんなことを思いながら外の様子を伺っていると、軸を失いバランスのとれなくなった観覧車が少しずつこちらへ向かって転がっているように見えた。
あのまままっすぐ進んでくればここに直撃することは一目瞭然。
そしてここには、異常事態に唖然として立ちつくす人達が大勢いる。
迷っている暇はない。きっと松田や安室も、そうするだろう。
「ここは危険です!!!ガラスから離れてください!!!」
「!!柊羽さん…皆さん、こっちに!!」
思わず叫ぶと、状況を察した蘭が助け舟を出してくれた。
園子も戸惑う人たちを誘導してくれている。
その間もじわじわと距離を詰める巨大な物体に柊羽は身震いした。
もし不規則な動きになったら、建物内は逆に危険かもしれない。
かといって、先程銃声が飛び交っていた外に避難するのも得策とは言えないだろう。
(どうすればいい?透さん…!)
縋る思いで安室がいるであろう方向を見つめていると、突然後ろから腕を掴まれた。
驚いた勢いのまま振り返ると、そこには見覚えのない一人の青年男性がいた。
「君も逃げないと!!」
どうやら外を見つめ固まる柊羽を心配して、避難を促しに来たらしい。
柊羽の視線は掴まれた腕に釘付けになり、段々と自分の息が上がっていくのを感じた。
(だめ、だめっ…こんな時に!!)
柊羽はなんとか落ち着こうと、掴まれた腕をグッと自分の方へ引いて離してほしいと意思表示をした。
しかし男性は全く意に介していないようで、逃げようとしない柊羽を不思議そうに見つめている。
「柊羽さん!!」
漸く状況に気づいた蘭がこちらへ駆け寄ってこようとした。
が、柊羽はそれを制止した。
「大丈夫だよ、ありがとう、蘭ちゃん」
そして大きく深呼吸をして、改めて男性と対峙する。
「私は、ここにいないといけないので。」
「いや、でも、危な…」
「ありがとうございます。本当に危なくなったらちゃんと逃げますから、貴方も早く避難してください。」
僅かに震える声で、けれどもしっかりと目を見て、そう言った。