第16章 純黒の悪夢
総て、思い出した。
記憶を失う以前は曖昧だったところまで、すべてだ。
「あの時助けてくれたのは、透さん、だったんだ…」
よく夢に見る安室透のような声の主がまさか本人だったとは。
驚きで思わず漏れた声に看護師は心配の色を濃くしたようだった。
「あ、すみませんでした!もう大丈夫です」
「え、そう…?何かあったら言ってね」
「あの…ここに私を連れてきた人って…」
「金髪でハーフみたいなイケメンだったわよ!彼氏じゃないの?」
「あ、や、彼氏…です」
「ふーん…?」
やっぱり透さんだ。
記憶があるのはホテルでキスをされたところまでだが、あの後ここに来たのだろうか。
その前に声をかけてきた女性は?
姿は見えなかったが、長髪らしい男は…?
(黒の組織…?)
自分がこんなことに巻き込まれるなんて、それ以外には考えられなかった。
(ここで何かが、起こってるの?)
胸のざわめきは、観覧車のせいなのだろうか。
柊羽はいてもたってもいられなくなり医務室を飛び出した。
「あ、ちょっと!!ここで待っててって…」
「すみません!彼には連絡を入れておきます!ありがとうございました!」
飛び出したはいいがどこに行けばいいかなんて見当もつかない。
安室や新一に電話をかけてみたものの、出なかった。
(あ、そうだ…探偵バッジ!)
新一に何度も忠告を受けながらも日の目を見なかったそれが、ついに実践で役立つ時が来たかもしれない。
「コナンくん?聞こえる?」
スイッチを入れて呼びかけると、少し遅れて反応が返ってきた。
『柊羽姉ちゃん?無事なの!?』
「え、無事だけど…っていうか、今どこ?」
『と、東都水族館だけど…』
「それは分かってる!その中のどこにいるの!」
『え、』
『コナンくん!ペンチを取ってくれるかい?』
『げ…』
新一は焦って反射的に通信を切ってしまったが、柊羽は聞き逃さなかった。
少し離れたところにいるのか、聞こえた声はとても小さかったけれど、それは聞き間違えるはずのない、思い出したばかりの命の恩人とも言える人の声だった。
「透さんいるんでしょ?どこなの?まさか…観覧車じゃないよね?」
どうかそこにだけはいて欲しくない。そう思っていた。