第16章 純黒の悪夢
勿論思い出はいい物ばかりではなく、柊羽にトラウマを植え付けた忌々しい過去もハッキリと思い出した。
長い間付き合っていた彼が豹変したあの日。
待ち合わせ場所に着くや否や性急に手を引かれて、辿り着いたのはとあるビジネスホテル。
体を重ねる時はいつも雰囲気を大事にしてくれて、とても優しく扱ってくれていた彼のキスが乱暴で、抵抗も意味をなさず、無理やりという言葉がピッタリだった。
悪夢はそれだけで終わらず、無理やりの行為の最中にぞろぞろと見知らぬ顔が現れた。
ニヤニヤと見学する者、次は俺だと興奮する者、ビデオを回す者…
彼も気づいているはずなのに何も動じないことが不思議でしょうがなかった。
だがある答えに辿り着いて、疑問は消えた。
自分は売られたのだ…と。
それに気づいたところで柊羽には最早どうすることもできず、仕舞いには我慢の限界に達した男たちが一斉に覆いかぶさってきた。
身体中を這い回る手も、舌も、誰のものかは分からない。ただただ、気持ちが悪かった。
『ひっ…ぅぁっ、も、やぁっ…』
抵抗する気力も底をつきそうだった。
その時。
バンッ!
と、大きな音を立てて部屋の扉が開かれたのだ。
予想だにしなかった出来事に男たちはビクリと反応し、扉へと視線が集まった。
『警察を呼んだ。全員大人しくしろ。』
まさに救世主。
柊羽はぼーっとその声の主を見やったが、涙で視界はかすみさして姿を認識することはできない。ただ、その凛とした声だけはしっかりと頭の中で響いていた。
男たちは激昴し救世主へと殴りかかったが、あっけなくカウンターをくらい数秒後には全員床につっぶしていた。
柊羽は心の底からホッとして、その人に感謝を伝えたかったのに嗚咽が邪魔をした。
救世主は少しためらいながらも柊羽の方へと歩み寄ってきた。
怖がらせないように気をつけながら。
『もう少し早く助けてやれず、すまなかった…』
聞こえてきた予想外の謝罪に、柊羽は泣きながら必死に首を横に振った。
『でも、もう大丈夫だ。心配ない。』
その一言で柊羽の緊張の糸は切れ、意識がなくなるまで声をあげて泣いた。
ためらいがちに頭を撫でる手は、とても優しかった。