第16章 純黒の悪夢
記憶がなくなってからしばらく経ち、柊羽はすっかり日常を取り戻していた。
「ねえ梓ちゃん、ありがとう」
「え!?どうしたんですか急に!突然手伝ってもらっちゃってお礼を言うのはこっちの方なのに…」
「きっと、私の記憶がなくなる前と同じように接してくれてるでしょう?そのお陰で何一つ不便なことなんてないし安心するの。本当に記憶喪失なのか疑っちゃうくらい」
「柊羽さん…」
自分が記憶喪失になったことはないので梓には当事者の気持ちを推し量ることは難しかったが、きっと不安なはずだ。
それでも今目の前で微笑む柊羽の表情は無理をしているようには見えず、梓は安心した。
柊羽が言ったことに嘘はなかった。
本当に周りが親切でとても助かっている。
しかし、柊羽には2つ気になっていることがあったのだ。
(あの写真の人と、新一のこと…誰かに聞いたら分かるのかなぁ)
自宅の玄関に飾ってあったツーショット写真。
自分と、ちょっとワルそうな、けれど優しい眼差しの男性は恋人同士か…少なくとも仲睦まじい様子が見て取れた。
でも周りの反応から察するに、今自分には安室透という存在がいる、はず。
元カレ?
だとしたら、安室がいい思いをしないだろうが、なぜそのままなのか。
兄弟か、親戚?
いや、その辺の記憶は残っている。
何故か誰かに聞くことが憚られて、真相を確かめられずにいるのだ。
それと、従兄弟の新一。
記憶をなくした日以来、高校生になった新一に会うのが楽しみでならないというのに
どうしてか直接会うことをのらりくらりと躱されてしまう。
連絡は頻繁に取れるのだから心配はいらないのかもしれないが、自分のことを心配している割には顔を見に来ないという点が
幼い頃からの新一を知っている柊羽にとっては違和感をおぼえてしまう。
それとなく蘭に聞いたこともあったが、彼女も同じような状況らしい。
時々ひょっこり顔を出すとは言っていたけれど…やっぱり気になる。
でも、これも他に誰に聞けばいいか…判断しあぐねていた。