第14章 緋色の真実
「んっ…ふ…んんー!」
とても優しく心地よいキスに一瞬気を取られてしまったがハッとなりありったけの力で男の胸を押した。
「と、突然何するんですか!」
「それは…すまない。」
抗議の声を上げたが、相手が思いの外反省の色を見せてきたのでそれ以上追求はしなかった。
「それに昨日って…」
はたと気づく。
(何、してたっけ…?)
この人の言う"昨日のこと"で思い当たる節が全くない。
というか、今日は何月何日だっけ?
今日の予定は…?
「柊羽…?どうした?」
いや、そもそも。
「ごめんなさい…分からないんです。貴方のこと。」
「え?」
「昨日って何してたかも曖昧で…大学行ってたのかな?どこで、会いました?」
「まさか…っ」
そこで漸く、この男__安室透__も柊羽の異変に気付いた。
この間約束したのに敬語なのは少し引っかかってはいたが、昨日のことを気にして気をつかっているのかと思っていた。
だがこの様子は恐らく…
(心因性記憶障害…)
記憶を失うほど、彼女を傷つけてしまったのか。
接触した後の様子が気になったから公安の部下に見張るように指示を出したが、柊羽を見つけた時にはもう既にコナンに保護された後だったと聞いた。
その間に追い打ちをかけるような何かがあったのだろう。
今の柊羽にとって"知らない男"である自分を怖がらないということは、過去のトラウマとなった出来事も記憶から抜けたようだ。
そう考えると、もしかしたらこれは柊羽にとって、悪いことではないのかもしれないと思ってしまった。
「あの…?」
しばらく考え込んでしまっていたらしい。
不安そうに覗き込む柊羽。
自分が大学生と思っているからなのか、いつもよりあどけない感じがした。
「あぁ、すまない。色々と驚かせてしまったな。僕は安室透。」
「あむろ、とおる…さん」
たどたどしく自分の名前を呼ぶ彼女に、本当に忘れられてしまったのだと思い知らされる。
だが自分に悲しみに暮れる権利などないと、安室はその気持ちを押し殺した。
「実は昨日柊羽が頭を打ってね、大丈夫か確かめに来たんだけど…やっぱり記憶がぼんやりしてるだろう?」