第13章 付かず離れず
「あかい、しゅういち?」
おそらく人名である初めて聞いたそれをオウム返しする柊羽。
「やっぱり、知らないか」
「透さんの知り合い?」
「まあ、当たらずしも遠からずってとこかな。その男を探しているんだ。」
何のことか皆目見当もつかないが、自分の知らない真実の1ピースを話してくれているんだと思うとそれだけで沈んでいた心が浮上する。
けれど、役に立てそうにはなかった。
「そうなんだ…私の知り合いにはそんな名前の人はいないなぁ」
「分かってた。カマをかけるようなことをしてすまなかった。」
「そんなの言わなきゃ分からなかったのに。やっぱり透さんはいい人ですね。」
「そんな風に言って貰える資格なんてないんだけどな」
「私が評価してるだけです。資格だとかそんなのは関係ありません!」
「ははっ、出た、柊羽の頑固」
漸く普段のように笑い合うことが出来、2人の心は平静を取り戻した。
「アカイさんのこと、何か情報を掴むことがあれば透さんに知らせますね」
「助かる。でもわざわざ調べることはないからな。」
「分かってます。その代わりじゃないですけど、1個だけお願い聞いてもらえます?」
「神様じゃなくて、僕に?」
「はい。透さんじゃなきゃ叶えられません。」
なんだ?と首を傾げる安室に柊羽は向き直った。
「その、話し方」
「ん?」
「これからは、今みたいに2人の時は敬語はなし、がいいです」
安室透が嫌いなわけではない。
いつもニコニコしていて穏やかな彼も好きだ。
けれど、今目の前にいるのがきっと本当の安室透で、完璧とは言い切れない人間味のある姿のような気がして。
恐らくその姿を知る数少ない人間の1人になれたことが柊羽は嬉しかったのだ。
そして安室透に慣れすぎて、本当の自分を見失わないように。
少しでも、いい意味で油断できる場所を増やしてあげたいと思った。
「んー…」
「やっぱりだめ、ですか?」
考え込む仕草をした安室に柊羽がしゅんと項垂れた。
「いや、構わないが…」
「が…?」
「柊羽もやめないか?敬語」
「へ?」
あまりにも真剣な表情で言うものだから、拍子抜けしてしまった。