第13章 付かず離れず
「返事は?」
呆気にとられたままの柊羽に痺れを切らしたのか、その頬をムニッと摘んで安室が聞いた。
「そんなことでいいの?」
「"そんなこと"を俺にお願いするのに緊張しまくってたのは誰だったかもう忘れたのか?」
え??
これが、安室透?
ていうか「俺」!?
ポアロの姿とは正反対すぎる人格に戸惑いつつも、そんな彼も嫌じゃないと思ってしまうくらいには、自分はこの人に惚れ込んでしまったのだと柊羽は思った。
と同時に、これが本来の姿だとしたら、"安室透"を演じるには相当な労力なんだろうと思うと、目的は分からないがそんな努力をするこの男がより一層愛おしい存在に感じてしまった。
(好きすぎて、自分に引くわ…)
「柊羽?」
無意識に百面相をしていたらしく、怪訝そうに覗き込まれていた。
「そんな変人を見るような目で見ないでよ…」
「今の会話のどこに笑うポイントがあった?」
「ごめんごめん、素を見れたのが嬉しくてつい…あ!!!」
突然声を上げ立ち上がる柊羽に倣い、安室も視線を同じ方向へと向ける。
「沈みそう!」
二人ともその存在を忘れかけていた水に浮かべた和紙の端からじわりじわりと水が侵食していく。
そこから完全に沈むまではあっという間だった。
「どれくらいかかった?」
「20分、ってとこかな」
「うわー微妙!中途半端だなぁ。」
まるで今の自分たちの関係のように付かず離れず。
神様は本当に見ているのかもなと、柊羽は思った。
「陽が暮れてきた。着物もそろそろ返さなきゃな。」
「あー楽しかった!」
「それは良かった。」
「透さんは?」
「愚問だ」
素の彼は、少し照れ屋なのだろうか。
今までの安室なら恥ずかしげもなく歯の浮くようなセリフを言っていたんだろうなと思うとまた頬が緩む。
「また笑ってる」
「嬉しいんだもん。口調ひとつでも、透さんのことが知れて。」
「柊羽…」
「でも他に隠していること、理解はしたけど納得はしてないからね。無理には聞きたくない…でも言える時が来たらちゃんと話して。」
「ああ、約束する。」
かくして2人の初めてのデートは幕を閉じたのであった。