第13章 付かず離れず
柊羽はアパートのエントランスを出て、道路沿いに立つと手鏡を取り出し身だしなみの最終チェックをする。
本当にこんな感覚は久しぶりだった。
松田の時は、友人関係が長かったこともあってドキドキというよりも安心という言葉がしっくりくる。
「よし。」
と、鏡をしまったところで軽快なエンジン音とともに現れた白のRX-7。
ハザードランプが点滅してゆっくりと柊羽の前で停車した。
安室は運転席に座ったまま器用に助手席のドアを開ける。
「待たせちゃいました?」
「いえ、ぴったりでした!」
どうぞという安室の声に頷き、助手席に乗り込んだ。
シートベルトをつけたのを確認すると安室はゆっくりとアクセルを踏む。
どこまでも紳士的で完璧なこの男に、柊羽からは思わず感嘆のため息が漏れてしまった。
「ん?やっぱり今日、嫌でした?」
「あ、違います!そういう意味じゃなく…今のは透さんへの尊敬というか自分の劣等感というか…」
「なぜ?柊羽さんは充分素敵ですし今日は特に可愛らしいですよ」
「か、かわ…!」
「ふふっ、僕のために着飾ってくれたんですか?」
今日1日、自分は自分を保つことができるのだろうか…と、柊羽は不安になった。
「えと…今日はどこに?」
「内緒です。柊羽さんも僕の質問に答えてくれなかったでしょう?」
話題を変えようとした柊羽だったが、一枚も二枚もうわてのこの男に適うはずなどなかった。
かといって先程の質問に答える勇気はなくて、行き先を知るのは断念しようと思った。
それはそれで、ミステリーツアーのようで楽しそうだ。
ミステリーツアーといえば…あの日のこと、聞いてみるいい機会かもしれないなと柊羽は思っていた。
それに安室も、きっと話したいことがあるはず。
『今度は二人で。話したいこともありますから…』
伊豆から帰る際確かにそう言っていた。
であれば、まずは安室から切り出すのを待った方が妥当か。
逸る気持ちを抑え今日はとことんデートを堪能しよう。そう心に決めた。
「なんかいいですね!何も知らないってドキドキします」
「…まったく、貴女って人は。本当、楽しませてくれますよ」
安室は運転しながら、不敵な笑みを浮かべた。