第12章 スティーブ・ロジャース(MCU/誕生日)
「……いまは大丈夫。なんともないよ」
「君は直ぐに自分ひとりで抱え込んでしまうからな。聞かれないと話題に上げようともしないだろ」
「……」
「なぜ不調を隠そうとしたのか説明して欲しいんだ。原因も教えて欲しいところだけど譲歩する。それはレインが話したいと思った時でいい。今はとにかく僕に隠し事をした理由を教えてくれ」
「……だって――」
――はっと息を飲んで思わせぶりに言い淀んだことを悔やんでも遅い。度重なる酩酊で気が緩んでいたとしか思えなかった。軽率に注意を引くような幼言葉を食んでしまうなんて。スティーブは一気に険相が増した雰囲気を放ち、追い討ちをかけるように「だって?」と鸚鵡返しをしてくる。
彼の指先がコツコツと小気味良くテーブルを叩き始めれば急かされているようにも責められているようにも感じ取れた。眉宇を歪めて舌を打ちそうになったけれど、同じ表情で窘めてきそうだから唇を引き結んで耐え忍ぶ。
「随分と僕を焦らすのが上手くなったな」
「じ、焦らすなんてそんなつもりは」
「レイン。このままキュートな君の顔を眺めていても良いんだ。僕は構わない。大歓迎だ」
「……っ」
七十年前から変わらないやり取りに胃の奥が震える倒錯的な感覚が無いわけじゃない。けれど意表を突いて感情を掻き回されると、どうしようもなく逃げ出したくなるのも事実だった。秘密だろうと闇だろうと全てを知りたいと迫られる事が、果たして好意からくるものなのか判断しかねるからだ。俺には負い目もある。劣等感もある。だからこそ思い上がりたくなかった。
「……レイン」
諦める様子のないスティーブは手の甲でゆっくりと頬を撫でてきた。触れられた箇所から甘い疼きが広がって静電気を帯びたみたいにジリジリと産毛が騒ぐ。革張りのドラムを一思いに叩いたような激しい鼓動が血管に乗って全身を巡るせいで臀の据わりも頗る悪い。耳介を擽られてしまえば居てもたってもいられなくなって、こうなると根負けするのは何時だって俺の方だった。
「……っわかった。わかった、言うから」
顔の横に掌を掲げてホールドアップしながら「降参だ」と許しを乞うと、悪戯が過ぎる指先はやっと引き下がって、テーブルを叩く元の位置へと戻った。
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