第12章 スティーブ・ロジャース(MCU/誕生日)
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徒歩五分で到着したのはカスタムを生き甲斐とするバイカー御用達のショットバーだった。この手の酒場はオーセンティックバーと異なってカジュアルな雰囲気といえる。酒とは無縁になる七十年前に一度だけ立ち寄った店もショットバーだったが、その時と比べ、寂れながらも客同士が和気藹々と酒を嗜むこの感じは現代独特なものに思えた。
外観はブルックリンの歴史に恥じないような正に倉庫といった造りだ。破損の目立つブロック壁が袈裟斬りに遭ったように崩れたところを無理やりモルタルで固めた歪な外壁には大小様々なヒビが入っていて年季を思わせる。高い位置にある明り取りの窓は十字格子の嵌め殺しで、清掃が行き届いていないのか、店内の光が埃で遮られていた。
内観はワイナリーの面影を残した様子で随分と湿っぽくて薄暗い。貯蔵に必要な夜温の低さを保つ為なのか、底冷えする足元を古ぼけた絨毯のような敷物で補っているだけだ。熱気渦巻く真夏のさなかであっても身体の半分が金属の俺には堪える室温で、体調が思わしくない目覚めを経験しているせいか尚更に意識してしまいそうだった。
「レイン」
促されるままジュークボックスが近いカウンターの一番端へ腰を落ち着ける。やはり飛び込みの客が物珍しいのか隣席のドワーフのような外見の男性が品定めをするような視線を差し向けてきたけれど、いくらも経たない内に興味を失って直ぐにビールを呷り直していた。詮索をしないという良い意味での無意欲は却って有難い。
「テキーラでいいか?」
「うん、頼むよ」
はにかんで離席したスティーブはシェイカーを振るバーテンダーへ声を掛けた後、カウンターに並べられていく二つのカバジートとテキーラボトル、炭酸ボトルをトレイへ上げて踵を返してきた。然り気なくパンチボウルから摘み上げた柑橘を八分割して貰う事も忘れていない。予期もしていなかったが、まさか彼自身で酒を拵える気らしい。果たして作れるのかと半信半疑だったが、手際良くジンジャーエールとタランチュラアズールを混ぜて柑橘の欠片を添える姿に「お見事」と唸る他ないようだった。
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