第12章 スティーブ・ロジャース(MCU/誕生日)
「な、なに……?」
「君にも怖いものがあるんだと思ったら……可愛くてつい。種明かしをするよ。この店はスタークのレストランだ。君の意見を元に改良されたクローズドレストランだからドレスコードもなにもないし、店の人間はスタークの社員だ」
「…………ごめん、聞き取れなかった。もう一度」
「サプライズだよ。ここはスタークに借りただけさ。シェフは流石に手配して貰ったけどワインは僕の持ち込みだし、彼らは接客の仕事を始めたばかりの素人って事だ」
――つまり。つまりだ。俺のフラッシュバックは既視感として正しく機能していたというわけだ。この薔薇はレストルームの中にあってギラギラの壁紙に見劣りしていた深紅の薔薇で間違いないんだな。
それならそうと早く言ってくれたら良かったのに。あんな場所に飾られていた薔薇なんかさっさと怒りの矛先を殴り付ける為の道具にして、床へ打ち捨てたかったところだったから。
(7)
甘やかすような声音でひたすら謝り倒すスティーブを無視し続けながら黙々とコース料理を完食した俺は、サービスパーソン役に椅子を引かせる真似も許さず立ち上がると、辺り一面に散乱した血のように紅い花弁を避けながらホールとエントランスを繋ぐ扉へと向かう。
一方で、頬に小さな切り傷を作ったホスト様はエスコートの手筈を整えていたスターク・インダストリーズの社員へチップを渡したあと、二人分の上着を抱えて足早に同じ道程を駆けてくる。『清掃代は僕に請求しろとスタークへ伝えてくれ』というあくまで人を気遣う台詞が背中越しに聞こえて良心がぢくぢくと脈打って悲鳴をあげるが、元を辿ればスティーブのせいなのだから俺は何も悪くない筈だ。
(……花束で殴ったのはやり過ぎたかもしれないけれど)
罪悪感のせいで少しずつ重くなる脚に苛立ちを募らせながらエントランスを抜けてアンティークドアを押し開ける。レッドカーペットの脇へ捌ける社員を何の気なしに一瞥すると、ネクタイピンやカフリンクスにスターク・インダストリーズの文字やロゴが散見されて全身が鉛の鎧を背負ったような倦怠感に満ちた。朝の体調へ逆戻りだ。舞い上がらず落ち着いて観察していれば見抜けた事だったかもしれないと思うと余計に落ち込んでいく。
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