第12章 スティーブ・ロジャース(MCU/誕生日)
――そんな自分の理想が反映された店をスティーブが探し出してきて、二人のバースデイに合わせて席を用意してくれた事に胸の高鳴りを禁じ得ないのに、予約席のテーブルの上に鎮座している薔薇の花束がスタークレストランのレストルームにも装飾品として置かれていた事を思い出してしまい、たちまち血の気が下がった。どうしてムードの欠片もない記憶がこんなタイミングでフラッシュバックしたのだろう。
(……)
敷居の高い店は釣り合わないから嫌だと散々泣き付いた末に選ばれた店の筈なのに、奥に控えるサービスパーソンとソムリエの支度が明らかに一級品で戦慄したからだろうか。上座の椅子を引くスティーブが、緊張する俺の耳外殻に然り気なく唇を押し付けて「リラックスして」と囁いてきたからだろうか。若しくは両方かもしれない。
「スティーブ、服装もままならないのに、こんなレストランに入って良いのかっ? 店を間違えてるんじゃないのかっ?」
肩を震わせながら小声で噛み付くとスティーブはあっけらかんとした表情で「大丈夫さ。相変わらず君は心配症だな」と宣った。いくら彼の言葉とて信じられない。ソムリエが淡々とした調子で『こちらはゲスト様の生まれ年のヴィンテージワインでございます』と言ってラベルを見せてくるし、絶対に高級な類に違いないのだから。スタークレストランの真逆が理想とは言ったけれど、高水準な品格が必要になる程は求めていないというのに。
(これなら"ギラギラ"していた方がマシだ……!)
かくして食前酒が運ばれてメニューを渡される頃には俺の胃痛も限界を迎えていた。野菜のジュレやチキンスープすら喉を通る気がしない。一日温存していたスティーブとしたいことのひとつとして『今からダイナーに行きたい』と提案してみるのも良いかもしれない。
恨みが宿る胡乱げな視線でスティーブを見やると、何故か失笑を堪えるかのように顔を真っ赤にした彼と目が合った。いや、声は出ていないが既に笑っている。場の雰囲気にそぐわない表情に動揺してメニューをテーブルの下へ取り落とすが、慌てて拾う為に伸ばした手はスティーブに握られて空を包む。
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