第12章 スティーブ・ロジャース(MCU/誕生日)
服選びこそまともだと思わされたのは甘ったるい菓子を口に寄せられている場面を大人数に目撃された時だ。人前で手ずから食すのだけは嫌だと言っているのに、俺が後退った分だけ距離を詰めてきて強引に口内へ突き入れてきた。舌奥まで満たすメイプルの甘みに怖々と舌を絡ませてサクサクの腹に歯を立て噛み付けば、ほろ苦いシナモンの香りが風味を調和する。
初めて食べた焼き菓子の味は、「美味いか」と聞いてくるスティーブの表情が異様な色気を帯びていたことと、周囲の好奇の目による緊張と羞恥でほとんど分からなかった。唇を濡らすメイプルを舐め上げた瞬間に電子音が鳴り響いた気がしたけれど気の所為だと思わないとやっていられない。
そして、小休憩がてら立ち寄ったマッカレンパークで駄目押しとばかりのスケッチだ。疲れた人間の顔なんて描いても楽しくないだろうと思うのに、嬉しそうに鉛筆を走らせるスティーブが何だか無邪気で、可愛くて。
結局は絆されてつい「まあ良いか」と許してしまうのだからつくづく彼には甘いと思い知らされる。何だかんだ言って楽しかったのも事実。「出来たよ。君は良いモデルだ」と言われて差し出されたスケッチブックの中の俺も喜びの胸中が大いに反映された柔和な表情だったから呆れ半分に思わず失笑した。
(6)
――トニーに「我が社が新たに手掛けたい事業のひとつが飲食業だ」と高飛車な調子で説明を受けたのが一ヶ月前の事。とはいえ試作店舗でロールプレイングを行ってもキャスト役と顧客役の評価が一様に思わしくないお陰で企画は停滞気味だと自嘲しながら「君にも高説賜りたいね」と詰め寄られて仕方無く足を運んだのが二週間前の事。
これはまた別の話になるのだが、社員の評価が低いのは外装や内装、調度品のディテールに至るまで『アイアンマン』を前面に押し出したデザインであるせいだと……突き詰めて言えば、やたらとギラギラしているせいだと指摘した時のトニーの顔と来たら。まるで何が悪いのか分からないという表情だった。
(……)
レストランは落ち着いて食事をする場所だ。シンプルで上品な空間の中でシャンパーニュやワインを嗜みながらゆったりと時の流れに身を任せるところであれと思っている。スタークレストランとは対極だ。
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