第12章 スティーブ・ロジャース(MCU/誕生日)
「俺はいいよ」
「……そう言うと思った」
自嘲気味に嗤って首を振りつつ遠慮するが、スティーブにしてみれば既に予想していた返答だったのか、眩しそうに目を細めては意味もないような視線をとある店舗の外壁へ投げて男臭い笑みを噛む。俺に晒される太い首やこめかみの青筋を眺めている内に『早くこちらを見て欲しい』だなんて女々しさが胸を巣食って嫌になるが、そうさせているのは自分じゃないかと戒める。
スティーブの温かな掌をきゅっと握り締めることで勇気を得て発する台詞が許しを乞う為の謝罪だなんて格好悪いけれど「ごめん、やっぱり――」と、口火を切った瞬間に名前を呼ばれて続く言葉を飲み込んだ。
「……レイン。今日は二人のバースデイだ。遠慮は要らない。とびきり楽しもう」
(5)
ウィリアムズバーグは、アベンジャーズタワーの眼下に広がるマンハッタンに引けを取らないほど賑やかな街だ。地下鉄やフェリーからのアクセスも利くイーストリバー沿いのエリアで、若者をターゲットにした小型のショッピングモールが数多く立ち並ぶ。かと思えば倉庫街の面影を残すブルワリーやビアホール、カフェなどの落ち着いた雰囲気の店もアートな街並みに溶け込むようにして根付いている為、ただ華やかなだけの地区ではない。
ディナーの時間まで有意義に過ごしたいと願っていたスティーブの決意は相当なもので、メインストリートにある古着屋で上着を一着選んでくれとせがまれたり、小規模な移動遊園地でメイプルがたっぷり掛かったチュロスを食べさせられたり、立ち寄った公園で休む姿を是非ともスケッチさせてくれと眩しい笑顔で頼んできたり。強制力が増す『バースデイ』に託けた願い事を此処ぞとばかりに口にされて、愛する男の為とはいえ流石に気疲れを起こしそうな程にハードな半日だった。
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