第12章 スティーブ・ロジャース(MCU/誕生日)
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正午を回った頃にはすっかり雨も上がって夏独特の濃い湿気を帯びる猛烈な暑さを伴った晴天へと変貌を遂げていた。窓から差し込む太陽光が寝不足の目には強く刺さって酷だったが、不思議と気分は晴れやかだ。やはり俺にとってヴィブラニウムとの共存こそが課題らしい。少しくらいの睡眠負債など目を瞑れる事なのだと自認する。
プレスサンドで簡単な昼食を摂ってから各々で支度を済ませた俺達は、スティーブの運転するソフテイルでブルックリンのウィリアムズバーグへ向かった。ブルックリンはスティーブ・ロジャースが誕生した街だ。もちろん当時と街並みは変わってしまっているが、景色を懐かしむ様に見渡す彼の瞳はとても穏やかで優しい。記憶と照らし合わせて昔に思いを馳せているのだろうか。
そんな時に俺ときたら、未だ腕に残るスティーブの温もりを思い返しつつ『絶対にトレーニングメニューを増やそう』と決意を新たにしていたとは言い出せない。確かにこの街は英雄を生んだが、英雄を育てたのは紛うこと無く彼自身だ。切っ掛けは超人血清なれど弛まぬ努力こそが今のスティーブを形成しているに違いない。
(知ってはいたけど筋肉すごかった……)
俯いて両手を見詰めている俺に気付いたスティーブは「何してるんだ、レイン。早く行くぞ」と失笑して右手を視界から奪う。駐車を済ませた脚で簡素なコインパーキングの敷地から出ると、手を握ったまま表通りへと進んでいく。
「わ、分かったから手は離して……っ」
「僕のしたいことをしていいと言ったのは君だろ」
「確かに言ったけど……!」
「君も、僕としたいことはないのか」
――例えば一緒にカフェへ赴いて健康志向の世の中から逆行したようなフォームミルクがたっぷり盛られたラテを飲みたいとか。例えばあまり賑々しくないバーで酔いもしない酒を煽りながらダーツやビリヤードの腕を競いたいとか。頭に浮かんだものを片っ端から望んでしまえばスティーブが何人いても足りないし何時間あっても追い付かない事は分かっている。
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