第12章 スティーブ・ロジャース(MCU/誕生日)
「大丈夫だよ。それに今日は特別な日なんだ。行きたい」
「そうか?」
「うん」
「そうか」
水滴を募らせる縁に唇を寄せながら発した我儘は小さな容器内を反響して聞き取り辛かった筈なのに、スティーブにはしっかりと届いていて「そうか」と喜びを隠しきれない弾んだ声音で俺の返事を噛み締めている。出会ったばかりの頃のような幼さで微笑んでスープを掻き混ぜているあおりからの表情に、これはこれで調子が狂うなぁと思う。
「座る?」
「ああ」
座席を叩いてスティーブを誘うと彼は素直に従ったが、視線は一度もこちらに向けられずにカップの中へ落ちたまま。木製のスプーンと底が擦れる音は細雨と重なって静かな部屋を満たした。頻りに同じ所作を繰り返しているようだけど顆粒粉末の溶け残りでも気になるのだろうか。或いは注ぐ湯の分量を間違えた事まで頭が回らないで、ある筈の無い塊を探っているのだろうか。
「貸して」
「っと」
珍しく心ここに在らずなスティーブを不思議に思いながらも彼の手から有無を言わさずカップを攫い上げて再びキッチンに向かう。ワークトップへ置かれたままのパッケージは吊り戸棚の中へ仕舞い込み、あらかじめ抜いておいた個包装をひとつ破れば中身を互いのマグカップへ半分ずつ分け入れる。掻き混ぜる内にとろみが付いたコーンスープはこれで断然と美味しくなった。自分の分に口をつけて納得する。
「予約は何時だっけ」
「十九時だ」
「日中は予定あるのか?」
「僕と街に行こう」
「あー……うーん」
身体が上手く動かないからどうだろうとも切り出せず、曖昧な返事をしてからハッとした。二人分のマグカップの持ち手を難なく掴み上げている事に一瞬間、思考が停止する。そもそも再調理の過程で既に不自由を全く感じていなかった。重苦だった倦怠感や瘙痒感もいつの間にか綺麗さっぱりと無くなっているではないか。
つい先程まで制動力の掛かった車体のようにぴたりと普遍的な営みを止めていた癖に、スティーブと触れ合うだけでたちまち回復するなんて。何をしたって取り除けないと諦めていた事だったのに……打算的というかなんというか。
「その返事はイエスって意味で捉えるよ」
「あ、ああ。行くよ」
ソファで待つスティーブは長い脚を組み替え、俺が頷く姿をしっかり観察し終えた後に「今日は良い一日になる」と、やはり幼さの残る朗らかな笑みを噛んでみせた。
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