第12章 スティーブ・ロジャース(MCU/誕生日)
「……ふ」
とはいえ襟首が濡れてかなり気持ち悪い。もうミネラルウォーターなのか汗なのか分からないが、早く脱いでしまいたい気持ちに変わりはない。出来ればスティーブのランニングが終わった後のTシャツも一緒に洗いたいところではあるけれど、証拠隠滅を図りたい焦りの方が勝っていた。
「レイン」
「っ……!」
――つくづく運のない自分を恨む。ペットボトルを握り締めながら冷蔵庫の扉を閉めた途端、直ぐ真横からバリトンの効いた声で名前を呼ばれて肩が跳ねた。レンジフードへちらっと視線を投げて隣に掛かる時計を確認すれば成程、彼がランニングの為に起き出す時間を指している。間の悪い時に見付かってしまったようだ。
「……おはよう、スティーブ」
「君がこの時間に起きているなんて珍しいな」
「喉が渇いて」
「……顔色が悪い」
「ん」
温かな掌が労わるように頬を撫でてくる。少し皮が厚くなっている親指が眦を這って擦り上げていく仕草が擽ったい。首を横に振って逃れようとするのに、やんわりと顎を掴まれ、正中に据えられるよう戻されて瞳を覗き込まれた。
(……相変わらず近いな)
彼が見詰めてくる時には決まって俺も見詰め返している意味を彼は分かっているのだろうか。お気に入りの人形や無垢な犬や猫へするのとは意味が違う。心身を許す距離に他人の顔を置いて今にも重なりそうな唇で俺の名前を呼び、視線を交わらせる事が如何に思わせ振りなのかを考えた事があるのだろうか。
一説によれば七秒以上見つめ合える人間相手とは精神的に性行為が可能だと判断できるんだそうだ。心理学に疎い彼を詰めたところで結局のところ、ヘーゼルブルーの光が失われはしないのだろうけれど。
(3)
「体調が悪いならディナーはキャンセルしようか」
ソファへ誘導されて腰を下ろした途端、落胆に染まる声が脳天へ落とされた。振り仰ぐと湯気を立ち昇らせるマグカップが差し出される。頭上とはまた平素であっても受け取るには無謀な位置だったが、不調を悟られたくない一心で何でもない風を装って手を伸ばした。
指先に触れた陶器のマグは温かく、覗き込めば黄金色のスープが並々と揺蕩っている。甘い香りのコーンスープだ。ひとくち啜ると少し薄い。量を飲みたがるのに顆粒粉末を物惜しんだ味がした。
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