第12章 スティーブ・ロジャース(MCU/誕生日)
(……)
なんとか外して飲み口に唇を付ける。もしかしたら嚥下も出来ないかもしれない……そんな不安が脳裏を掠めたが、舌先に冷たい軟水が触れた瞬間に喉仏が反射的な動きを見せたので胸を撫で下ろした。食道を通過していくミネラルウォーターの軌跡を受け入れつつ次第に落ち着きを取り戻す鼓動にそっと安堵する。
(いつまでこんなことに苦しめられるんだろう)
気圧による症状が発現したのはウルトロンを破壊して間もなくしてのこと。今日のような荒れ狂う空模様ではなく優しい漣のような雨がニューヨークを潤す穏やかな朝だった。「この歳になって一体どの時の筋肉痛だ」と冗談を覚えていられたのは午前まで。昼過ぎにはいよいよ強張りが爪先から脳天までを満たした状態となり、ベッドへ横臥しているしか出来なかった。
(あの時はまだ誤魔化せたが……)
二度目は特に怪しまれるだろう。他でもなく心配性の同居人にだ。あれから大して日も経たぬ内からまた外出を拒否するとあれば追及されるに違いない。サイドキックとしての存在意義を根幹から否定されるかもしれない話を簡単にできるほど意気地もなかった俺は、終ぞ相談などしていないのだ。
体内を巣食う合金の存在に裏打ちされた強さで愛する男の為に身体を張って戦っているのに、土台が崩れてしまえば彼を守れなくなる。傍に居られなくなる。そんなこと、何を差し置いても回避したかった。
(2)
開ける事に苦心するなら閉める事にも苦心するのは当たり前だった。寧ろ開ける時より繊細な力加減が必要なせいで先程から蓋は空回りを続けているし、本体は中身を残したままべこべこに潰れてしまって異様だった。全て飲んでしまった方が楽かもしれない……諦めから来る溜め息が自然と漏れた拍子にとうとう蓋は床へ落ちていった。庫内灯が姿を追ったのは二回跳ねたところまで。三回目に跳ねた後は軽い音で暗闇の中を転がっていく。
(……嫌になる)
三分の一くらいの量を一気に呷るのも簡単ではない今の俺にとって、口内へ入る水と口端から垂れてTシャツへ吸い込まれていく量がほぼ同じくらいだったが、どうせ洗濯を含めた家事全般は俺がやるのだから気にすることもないだろう。
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