第11章 スティーブ・ロジャース(MCU/ご飯デート)
(嫌われてはいない……)
元ヴィランで、彼を殺そうとまでした俺がそんな有難い位置に居られるだけ奇跡だと思っておこう。彼の慎重かつ厳重な慈愛は俺の心配ばかりして兄のように振舞う態度の延長に過ぎないのだろうけど。さりとて嫌われてはいないのだ。
なんだか無性にこそばゆい気持ちに襲われて、ふにゃりと緊張する頬を隠す為に俯く。短い前髪を撫で付けて怪しさを誤魔化したかったけれど、スティーブは釣られることなく頬を撫でてきて、自然なノーズキスを落としてきた。
(3)
「スティーブ、何を食べる?」
「あまり中華は知らないんだけどオススメはあるのかな」
「オススメか」
……なぜ急に声を潜めたのだろう。普通に話せば良いのに。この距離のせいか。確かに普通の声では大きく感じるかもしれないが、互いに声は張らない質なのだからそう心配する程でもないだろうに。釣られて俺まで声が潜んで、まるで秘密めいた会話をしているかのような気分だ。内容は単純に料理についてだけど。
「俺は辛い口当たりは平気だから、豆腐を辛く炒った料理とか海老を同様に辛く炒った料理とか好きだ。あと蒸した麺を野菜と甘辛く炒めた料理も」
「詳しいんだな」
「トニーとブルースに連れて来て貰った事がある」
「二人に?」
「『現代を知らないじいさんに美味いものを食べさせてやろう』と言って、頼んでもいないのに次々とトニーが注文してしまうから食べ切れるか不安だった」
「彼らしいな。博士は止めなかったのか?」
「現代のご飯はなんでも美味しかったんだ。結局全て食べることが出来た。ブルースが言うには『良い食べっぷり』だったらしいから彼も止めるべきではないと思ったみたいだよ。その日は体重計に乗るのが怖かった」
おどけながら冗談を口にするとスティーブもリラックスした表情で「そうか」と微笑む。手を休める事無く働く厨房内の喧騒が俺の潜めた声を掻き消し、彼に届いてないのではと少し心配だったが、俺から目を離さずに相槌を打つスティーブの真摯さが杞憂に変えてくれた。それだけ顔が近いということなのか、彼の耳が良いだけなのか定かではないが、舞い上がる俺には些細なことだ。
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