第8章 クリント・バートン(MCU/人工知能)
休憩室に着いてから至れり尽くせりで少し尻の据わりが悪いくらいだったが、背中に向かって礼を言うと泡だらけの手がひらひらと振られただけだった。これは全てが終わったらとびきりのお礼を考えないといけない。
(……さて)
正直なところクリントの提案を一旦は却下したが、一番手っ取り早い話が『俺自ら端末を触る』事なのは確かだった。例えば彼にスティーブの気を逸らして貰っている間に素早く端末の操作が出来るだけの技能を身に付けないといけないだろう。
だがどうやって? 誰かに改めて相談する? 解決しようがしまいが、話を聞いた後にその事実を秘匿し続けられる胆力の持ち主とは? ……――首を捻って考えた結果、ひとつの存在に辿り着いた。
(5)
「ヴィジョン」
「はい、なんでしょうか」
「トニーはいるか?」
「不在です。彼に用でしょうか」
「いや、用事があるのは君なんだ。良いかな」
「勿論です、レイン」
バートンも……と、俺の後ろを着いてきていた彼に向かってクールな視線を差し向けながら呟くヴィジョンに「なんだその目は」と声を低くしたクリントだったが、今はとにかく時間が惜しいのだから発端が意味不明な喧嘩は無しだ。
応接スペースに案内されてすぐさまヴィジョンへ状況を説明する。彼は可もなければ不可もない無表情で俺の話を聞いていたが、どうにか出来ないかと尋ねた時だけは笑顔を見せてくれた。生みの親もJ.A.R.V.I.S.を基盤にして生まれた彼に感情をプログラムするなんて粋な事をする。そういえば以前、トニーは額を押えながら『"奴"には最近、好意を寄せている人間がいるんだが』とまで言っていたっけ。彼の知性と技術は本当に凄いことだ。
「レイン、聞いていますか」
「ああ、すまない。なにかな」
「ハッキングしましょうか、と申し上げたのです」
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