第5章 マイティ・ソー(MCU/AoU)
(4)
「来い」
そのなんでもない一言は、雷に撃たれたような衝撃を伴って脳天から足裏までを突き抜けた。五感に働きかけて抗う力を奪う、とてつもない支配力を発揮しながら。正常だった呼吸が徐々に浅くなり、勝手に涙が滲んで眦が潤み、全身が火照ってたまらなくなる。突然訪れた身体の変化が恐ろしくて、慌てて肩を掻き抱いた。
それを見たソーはジョッキに半分ほど残ったビールを全て煽った後、此方に腕を伸ばして再び「来い」と言った。片頬だけを釣らせた男臭い嗤い方をしながら。唇を濡らす泡を赤い舌で舐めとる仕草が官能的だと思わされる表情だった。
「う、ううっ……」
脚が前へ漕ぎ出していく。自身はその場で踏ん張っているつもりなのにまるで言うことを聞かない。俺の金属に侵された脳みそが『行くな』と命令するよりも、ソーの絶対的な『来い』という命令が優先されている事を漠然と理解してしまうには充分だった。
「ソー、俺になにをした!」
「なにも」
「今すぐ止めろ!」
声だけは俺の支配下にあったことを神に感謝するしかない。勿論、目の前の雷神以外の神だ。震えてしまう愚かさを打ち捨ててみっともなくソーに咆哮すると、いよいよ俺達の間を流れる異様な雰囲気を怪しんだスティーブが腰を上げて俺を止めようと歩み進んでくる気配を感じた。しかし、一足遅かった。
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