第20章 ルーカス・リー(SPvsW/第二話)
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開演時間五分前ともなるとラウンジに集まっていたファンが一斉にフロアへと雪崩れ込み、熱気と人口密度が一気に高まっていくのが分かる。でも満員御礼とはいえ足の踏み場もないというわけでもなく、ある程度の身動きは取れるようなゆとりはあった。
今回のライブは基本的にフリーの立ち見席。それでも腰を落ち着けて曲に耳を傾けたい場合にはフロアの端にある簡易的なバーの脚物家具を頼ればいい。既にステージではスティーヴンやスコットが楽器のスタンバイをしていて、ファンら各々は好きな位置で思い思いに飲み物を呷りつつ主役の『彼ら』の登場を今か今かと待っていた。
「おい」
「!」
ドリンクカップをふたつ持ったルーカスが人混みを掻き分けて戻ってくると、ほのかに甘い匂いのするコールドカップの方を俺へ差し出す。まさかスターが率先して飲み物を確保しに行くとは思わなくて今更ながら恐縮しちゃったけど、本人に気にした様子もないので、おずおずと手を伸ばして厚意を受け取る事にした。
「ありがと」
「いいさ」
口をつけるとベリーが主体の炭酸飲料だった。ぱちぱちと弾ける強炭酸が唇を擽ってから舌に乗る。爽やかな喉越しと諄くない甘さが癖になりそうなくらいで、なかなか好みの味だ。それから夢中になってくぴくぴとカップの底を乾かす俺を見詰めるルーカスの瞳が慈愛に満ちていたことなんて、このフロアの誰もが知らない事実だった。
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早い話が『セックス・ボブオム』の前座はあっという間に終わった。ルーカスは暗闇の中でずっと俺を口説いていて歌を聴いてもいなかったし、周囲のデーモンヘッドファンも白けた目を向けていて居た堪れない状況だ。まあ見知らぬバンドの前座だし、仕方ないといえば仕方ないけど世知辛かった。
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