第1章 スティーブ・ロジャース(MCU/EG)
「レイン」
「……」
「黙っていたってわからないぞ!」
きっとスティーブは『君に憧れて強くなりたかったから』と言われたって納得しないだろう。僕を理由にするなと怒るだろう。彼はただひたすら黙って俯く俺に痺れを切らしたように長い溜め息をついた。久し振りの再会だというのに彼を怒らせていることに言い様のない悲しみを蓄積させる。けれど、脳がとろけた俺にはうまい言葉が見つからない。「手紙の方が饒舌なんだな」なんて皮肉まで貰うほどに唇はぴくりとも動かなくて。
そうこうしているうちに直ぐに研究員の男が入室してきてスティーブに時間が無いことを伝えた。スティーブは男と俺を交互に見た後、煮え切らない表情をしながら部屋を後にする。
(……)
部屋には俺だけが取り残された。慌ただしく過ぎ去った出来事に、徐々に乱れていく呼吸と伴って鼓動する心臓の音だけが静寂に煩く絡んで溶けていく。視界が滲み、鼻の奥がツンと痺れて痛い。頭も内側からガンガンと打たれて次第に腫れたような心地になってくると、立っていられなくなった。
(……失望させたかもしれない)
――……本当は分かっていた。彼も再会を喜んでいてくれたこと。俺が注射痕に注意を向けさせるまで、精悍な顔付きにとても良い表情を乗せていたし、今すぐにハグのひとつでもかまそうかと軽く腕を広げてソワソワしていたから。それを俺が台無しにしたのだ。
(彼にまた置いていかれる)
彼に対する純粋な憧れから始めたスーパーソルジャー計画への参加も、いつしかコンプレックスを育てるだけのものとなっていた。どれだけ経っても超人化が成功しない事に焦っていたのも手伝ったのだろう。
(……狡い)
再会した彼の性分があの頃と変わらずにいた事に酷く狼狽えた。強くあろうと、正しい行いをしようとする気高い精神を忘れない彼を妬んだ。そんなさなか、気持ちの部分で既に勝っている彼が超人化しようとしている。完璧な精神が宿る男に完璧な肉体が備わる……そんなこと、余裕を失った俺には赦せなかった。
(……そうか、俺は)
ついにその時になって分かってしまった。俺は憧憬という美しいものの為にこの身と心を昇華させようとしていたのではなく、眩し過ぎる生き様をもって高い次元へ昇ろうとする彼を、何も出来ずに弱いまま足掻く俺の足元まで引き摺り下ろしたいが為に、強者になる事を選択したのだ――……。
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