第10章 黒山羊さんからのお手紙
パァン! と乾いた音が耳に響いた。耳当てをしていても聞こえるのだ、かなりの大音量だろう。だが紅葉さんは顔色一つ変えず、「どれ」と望遠鏡で的を覗き込んだ。
「……ふむ、真ん中ではないな。じゃがズレは一尺ほど。これだけ出来れば上等じゃろう」
「! ……有難う御座います!」
異能を授かった後に地下の射撃場を見つけ、一人で練習した甲斐があったというものだ。銃を撃つ時の姿勢はそこで出会った利用者に教えて貰ったのだが。
「さて、では防御はどうかの?」
「ぼ、防御、ですか?」
「そうじゃ」
紅葉さんは楽しげに笑った。そして軽く片手を横に広げる。
「私の異能に一撃でも与えられればそなたの勝ちじゃ」
「異能……?」
「うむ。但し、手は抜かんよ。私は巻き込まれぬように離れておるが、異能は自由に動く」
ゆくぞ? 紅葉さんはばっと両手を大きく広げた。
「異能力『金色夜叉』!」
其処には鏡花ちゃんと同じ、夜叉の姿があった。だが、鏡花ちゃんとは少し違う。それに──
「うわっ!」
明らかに夜叉白雪よりも速い。どんなにすばしっこく動いても夜叉の刀はそれよりも速くわたしに傷を付けた。
切り傷がどんどん増えていく。
「……しょうがない」
わたしは向けられた刀を避けるために上に飛び、そのまま刀に飛び乗った。刀の上を走り、夜叉にピタリと手を触れた。
「異能力『蛍の光』!」
グッと力を込める。刀傷は夜叉に少しずつ移って行った。だがこれでは遅い。
紅葉さんが「ほぉ」と意外そうに目を丸めた。だが直ぐに不敵な笑みに変わる。
「なかなかやるのぅ。じゃがの、そんな傷は……」
「っ!?」
わたしが移した傷は直ぐに消え、夜叉は無傷同然になった。
『夜叉よ、もっと速く動くのじゃ』
紅葉さんの言葉に夜叉が更にスピードを上げる。まずい、このままだと斬り殺されて終わる運命しか見えない。わたしは咄嗟に手に持っていた拳銃で夜叉を撃った。だがそれすらも刀に弾き返される。
その時、紅葉さんが傘に仕込んでいた刀をわたしに向けて振りかぶった。咄嗟に避けるが、着地時にバランスを崩し地面に尻餅を着いてしまった。
その隙を逃さず、直ぐに夜叉の刀がわたしの喉元に襲いかかろうとする。もう駄目か、ぎゅっと目を閉じた。