第7章 傷心、迷走
暫く呆然としていた。何が起きたか判らず、わたしは自分の手とナイフを見つめた。血塗れだ。そこで漸く自分のした事に気が付いた。
「っ……ひ、あ、」
カシャンとナイフを投げ捨てる。確かにあれはわたしのナイフだ。護身用にと、右袖の中に仕舞い込んでおいた物。其れを使って、人を殺したと云うのか、わたしは。
「っ嘘よ、こんなの悪い夢に決まってる」
ガタガタと震えながら呪文のように呟く。だがその手や顔に感じるぬめりは間違いなく血だった。
「あーあ、殺しちゃったか」
へたり込むわたしの後ろで声が聞こえた。びくりと肩を揺らしながら振り向くと、見知らぬ青年がそこにいた。青年はわたしの横を通り抜け、もの云わぬ死体となった男を足蹴にした。
「ふぅん、異能で殺した訳じゃないんだ」
「……貴方、誰?」
青年はくるりと私を振り返った。酷く冷たい、光のない瞳だった。
「僕は神様だよ。君の異能を解放した奴の同僚」
「神、様?」
呆然と呟くわたしに、神様と名乗る青年は大きく溜息を吐いた。
「本当はさ、僕達って人間の活動に干渉しちゃ駄目なんだよ。存在自体おかしいからね、下手に関わると世界の秩序を壊しかねないし」
それでも彼奴が君に干渉したのは、君が他人を守る為に異能を使うと信じたから。青年神様はそう云った。
「でも実際、こうして人殺しちゃってるし。彼奴には罰が下るけど、君にも与えないとフェアじゃないだろ?」
だから、と青年はわたしの目の前に手を翳した。瞬間、強い胸の痛みに襲われ、悲鳴を上げた。
痛みを感じなくなる頃には、わたしの胸の前に一つの結晶が浮かんでいた。は、は、と浅い呼吸を繰り返すわたしを余所に、青年はその結晶を回収して小箱にしまい込んだ。
「これが君の異能の結晶。罰としてこれは回収させて貰うよ」
代わりに、と神様はわたしの胸に違う色の結晶を埋め込んだ。今度は悲鳴をあげる程の痛みではない。
「それ、『蛍の光』って言う異能。触れた相手の傷を自分に移すことで相手を回復させる」
自分の傷を相手に移すことも出来るけど、一度に移せる数は少ないと言う。
「せいぜい頑張って。──世界の歯車を狂わせるかもしれない、マザーの子」
青年はひらひらと背中越しに手を振った。最後に青年が呟いた言葉は、わたしには聞こえなかった。