第6章 傀儡師
其れは休日の朝だった。何時もより早目に起きたわたしは欠伸を噛み殺しながら郵便受けを覗いた。そこには一通の手紙が入っていた。
「『如月泉殿』……?」
確かにわたしの名前だ。わたしは不審に思いながら部屋に戻り、封筒をゆっくりと開けた。中には一枚の便箋が在り、新聞の文字の切り抜きが貼り付けてあった。
『お前の恋人を預かった。取り返したくば昼十二時、お前の一番厭な場所へ来い』
厭な場所。その言葉を見た瞬間、どくりと心臓が嫌な音を立てた。わたしにとって其れは逃げ出した孤児院裏の倉庫しかない。彼処でわたしは毎回のように院長に犯され殴られていたのだから。
過去の記憶が戻って来るのをぐっと堪えていると、携帯が着信を知らせた。知らない番号だった。
「……もしもし、如月です」
厭な予感とは裏腹に、聞こえてきたのは『泉さんですか!?』と焦った様子の敦くんの声だった。
「敦くん? 如何したのこんな朝早くに……」
『そっちに太宰さん来てませんか!?』
「太宰さん?」
思わず怪訝な声を出す。何故そこで太宰さんが出るのだろうか。
「太宰さんが如何かしたの?」
『昨日の夕方頃に外に出たきり戻って来ないんです!』
誰も見かけてないし、と敦くんは少し焦りながらそう云った。自殺好きのあの人の事だし、何処かで倒れてるか何かだろう──昨日までのわたしならそう考えていた。けれど、今は状況が違う。
「判った。太宰さんはわたしが何とかするから敦くんは待機しててくれる?」
『泉さん、当てあるんですか?』
「一応ね。太宰さん一人なら何とか帰せると思う」
『本当ですか!?』
「ええ、だからわたしに任せて? お願いね」
電話を切り、わたしは時計を見た。午前八時、まだ時間は有る。ライブラリの本を確認し、異常の有無を点検する。茨姫、がちょう番の娘、眠り姫、赤い靴、人魚姫。総て何時も通りに動かすことが出来た。
「よし」
わたしは髪を整え、着替えをしてから朝食を摂った。腹が減っては何とやら、である。
全ての支度を整えると、時刻は十時半になった。ここから孤児院までは結構遠い。そろそろ出た方が良いだろう。わたしは本棚をしまい、部屋の扉に鍵をかけた。ちらりと空を見上げる。雲一つ無い晴天だった。
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