第1章 出逢い
「やぁ、そこの美しいお嬢さん! 私と一緒に心中しないかい?」
「…………は?」
仕事終わりの真昼間の河原。何故かそこにはドラム缶に嵌った美形がにこにこと笑って居た。
「私は太宰治。趣味は自殺!」
「見れば判ります。で? わたしに声を掛けた理由は?」
「一旦此処から出してくれないかなって思って」
「頭おかしい軟派紛いの事をして善く云えますね」
「つれないなぁ全く」
はぁ、とわたしは溜息を一つ吐いた。
「助けるも何も、一人じゃ確実に無理ですよ」
「じゃあ誰か呼ぼうか」
「当てが有るんですか?」
「ない!」
「呆れた」
溜息を吐きながら周りに目をやると、丁度白髪の少年と目が合った。
「おや、敦くん」
ドラム缶入りの美形が少年をそう呼んだ。少年は「太宰さん!? 何してるんですか!」と形相を変えて駆け寄って来た。
「見ての通り、自殺しようと思ってね。失敗したけど」
「何してるんですか……」
少年の表情は驚きから呆れの色に変わっていた。だが此の儘では埒が明かない。わたしはこほん、と咳払いをして注意を向けた。
「えーっと、其処の少年。一寸手伝って貰って善い?」
「え? は、はい!」
少年はわたしが居る事に今気付いたのだろう、驚きを隠さないままわたしの方を向いた。
何をすれば? と問う彼に、取り敢えずドラム缶を転がすから押さえて欲しいと伝える。少年はドラム缶が動かない様に押さえ、わたしが美形を引っ張り出すと云う作戦である。
「じゃあ美形さん、転がしますよー」
「えぇ……」
「せー、の!」
ゴロンと転がし、少年が押さえてくれている間に美形を引っ張り出す。引っ張るだけだと上手く出て来ないため、わたしはドラム缶の縁に足を引っ掛けた。
「ん、もー、ちょい!」
美形がドラム缶から出ると、その反動でわたしは地面に大きく尻餅を着いた。下は河原特有の丸い石だらけで地味に痛い。
「いったぁ……」
「有難う、お嬢さん。お陰で助かったよ」
「此れに懲りてもう自殺は止めてくださいね」
「私の座右の銘は『清く明るく元気な自殺』だからねぇ」
大きく溜息一つ。何だか溜息ばかり吐いている気がする。
「……じゃ、わたし帰ります。お大事に」
「又ね、美しいお嬢さん」
にこにこと声を掛けて来る美形を無視し、わたしは地面に放っていた鞄を拾い上げ家路に着いた。