第16章 帰還
次の日の朝。わたしが起きた時にはもう食事が用意されていた。如何やら春野さんが支度をしてくれたらしい。
「いただきます」
朝ご飯は少し少なめで軽い物。わたしは朝に余り食べられないから量を減らしてもらったのだ。
食事を摂り終え、食器を片付けにベッドを降りようとした時、ガチャリと扉が開いた。
「あら、起きてらしたんですね。お早うございます」
「お早うございます春野さん。ご飯、ご馳走様でした」
「いえ。お口に合ったなら嬉しいです」
にこりと微笑まれ、わたしもにこりと微笑み返した。ふと、わたしは気になっていた事を尋ねた。
「あの……。入社試験の時、わたし春野さんを撃ちましたよね」
「? それが何か?」
「怪我とか……して無いですか?」
わたしはおずおずと問うた。ナイフを撃ち落としたけれど、もし掠りでもしていたら。実は怪我していたなんて事があったら大変である。
そんなわたしの不安を知ってか知らずか、春野さんはくすくす笑い出した。
「大丈夫ですよ、両手とも無傷です。私こそ、騙すような形を取って御免なさい」
「や、それは此方の科白で……!」
「余り気にし過ぎると、髪の毛が抜けて禿げになりますよ」
「え゙」
思わず頭を押さえる。わたしの其の反応を見て、春野さんはまたくすくす笑い出した。
「冗談ですよ」なんて云うものだから、わたしは怒るを通り越して笑いがこみ上げた。二人でくすくす笑っていると、コンコン! という強めのノックが響いた。
「談笑中に悪いけど、診察しても善いかい?」
「与謝野さん」
「泉、朝餉は食ったかい?」
「ええ、きっちり全部」
「なら善いね。足見せな」
春野さんはすすっと静かに部屋を出て行った。流石ベテラン事務員と云うべき配慮だった。
「ふむ……此れならまぁ外出許可は出せるかねェ」
「本当ですか?」
「但し、走るのもスキップも禁止だよ。判ってるね?」
「ちゃんと守りますよ。また根っこになっても困りますし」
「よし。出掛けるなら気を付けるんだよ」
与謝野さんはそう言いながらカルテを閉じ、医務室の扉を閉めた。