第16章 帰還
探偵社に戻ると、太宰さんは即医務室に向かった。
「与謝野先生、泉の治療をお願いします」
「何だい、また怪我して来たのかい?」
「敦くんの手当ての代償ですよ。出来れば足も治してもらいたい」
「足? ……って」
わたしの身体が手術台に乗せられ、太宰さんの手が離れると、足は直ぐに木の根に戻った。
「異能か……。だったら怪我だけだ、足は無理だよ」
云いつつ与謝野さんは服を脱ぎ、キラリと光る鉈を持ち出した。
「さっき研いだばかりでねェ。切れ味を試すとしようか?」
……その後の記憶はあまりない。だが、目が覚めた時には怪我はすっかり治り、わたしの足も根っこにはなっていなかった。
「あれ、足……」
「嗚呼、其れかい?」
与謝野さんが透明な結晶をわたしに見せた。
「此奴がアンタの心臓辺りにあってね。取り除いたら根っこが剥がれて足が出て来たンだ」
恐らくマザーの種だろう。わたしは治してくれた与謝野さんにお礼を云い、ベッドから降りようとした。しかし直ぐに止められる。
「駄目だよ泉。アンタは安静にしてな」
「えぇ……」
「まだ足の色が戻ってないんだ。根に包まれていた分筋力も落ちてる」
また根っこになりたいのかい? そう問われ、わたしはぶんぶんと首を横に振った。
「じゃ、云う事聞きな」与謝野さんはそう言って医務室を出て行った。入れ違いに来たのは太宰さんである。
「泉、具合はどうだい?」
「元気ですよ。まだ色は戻りませんけど……」
「そうかい。……泉、君は自分の異能について何処まで知ってる?」
太宰さんが静かに尋ねた。わたしは知っている事を全て話した。異能の特徴、マザーについて、聞いたことを全て。話し終えると、太宰さんは少し考え込み、またわたしに尋ねた。
「マザー、と言っていたね。誰から聞いたんだい?」
「誰って……フィッツジェラルドですけど」
「……組合の長か」
「ええ。其れが何か……?」
そう問うと、太宰さんは「何でもないよ」と優しく笑った。
「ほら、もうお休み。鏡花さんが君と出掛けるのを楽しみにしているらしいから」
「そう、ですね。お休みなさい」
「お休み、可愛い人」
太宰さんの大きな手がわたしの目を覆った。ほんのり冷たいその手が心地よく、わたしは直ぐに眠りについた。