第11章 板挟み
「今日は慌ただしかったし、手前はもう休め。な?」
「……中也さんは?」
「俺は呑み直す」
「駄目ですよ。お酒飲んでたら戦いに出遅れちゃうかもしれませんし」
そう止めるがもう遅く。既にグラスの中身を飲み干した中也さんは赤らんだ顔でじろりとわたしを睨んだ。
「手前、俺の事侮ってやがるな……?」
「は?」
「俺はそんなにひ弱じゃねェぞ」
あ、これ怒らせちゃったかな。すいません、と謝ると中也さんはぱっとわたしの手首を掴んで床に組み敷いた。
スッと体温が下がる。だが、わたしの脳裏に浮かぶのは院長ではなく、太宰さんだった。
『泉さん』
「ほら、な?」
中也さんの声が聞こえ、わたしはハッと息を飲んだ。直ぐに表情を隠して「股間蹴りますよ」と一言だけ云えば、彼はあっさり引いた。
「流石に其処は鍛えられないでしょう?」
「急所を狙おうとするたァ良い度胸だな泉?」
「だって身の危険を感じたんですもの」
むくりと起き上がりながらそう云うと、中也さんはぶすっと不機嫌そうな顔で此方を見た。
「じゃあ付き合えよ、呑み直すから」
「お酒は駄目だって云いましたよね?」
「一杯位なら善いだろうが。つべこべ云わずに付き合え」
「もぉ……。一杯だけですよ」
「よし、決まりだな。どうせならツマミも……」
ごそごそとわたしの部屋の引き出しを勝手に漁る中也さん。「お、駄菓子が入ってやがる」何故。わたしは乱歩さんか。
「ツマミにはならねェがまぁ良い。呑むぞー!」
「一杯だけ! 一杯だけですからね!」
そうは云っていたものの、結局この晩は二人で酒盛りをして終わってしまった。
──だが、本当の事件はここからだったのだ。