第8章 〜想いよ、届け〜
『家康様?ちょっとお聞きしても
宜しいですか?』
雪姫の足を診察しながら
一瞬だけ雪姫に視線を向け『何?』
とまた、診察を続けた。
『家康様は、いつ頃、医術に
ご興味を持たれたのですか?』
家康は(何でそんなこと聞くの?)と
聞き返したかったが、話を重ねる事で
家康ももっと雪姫を知ることが
できると思い、作業の手を止める事なく
素直に話始めた。
『俺には、幼い頃からの
許嫁がいてその子が転んだ時に
手当てしてやったら
お医者様みたいって
その子が言ってくれたからかな。
その時、医術も学ぼうって
思ったのかもね』
と雪姫を見ずに包帯を巻いていた。
『そうだったのですか、では
その許嫁の方とゆくゆくは
祝言をあげられるのですね』
と、冷静を装ったが内心では
雪姫はかなりショックを受けていた。
『いや、その子は戦に巻き込まれて
亡くなったからね・・・』
雪姫は、『申し訳ありません。
存じ上げなかったとは言え
不躾な事を申し上げて
しまいました』と謝った。
『別に、もう十年も前の話だし。』
雪姫を好きになった今、確かに
辛くないと言えば嘘になるが
それでも以前より胸が苦しく
なることは少なくなった。
それよりも、雪姫が襲われた
日を思い出すと、今でも手に
嫌な汗をかく。
雪姫もまた、家康の瞳に
自分が映らない本当の理由が
分かった気がした。
(そう言う事でしたか。
私が家康の心に入り込める
隙間など今までも、これからも
ないのですね・・)
涙が出そうだった。
(家康様が私を見つめて下さる時に
見ていたのは、私の姿を超えた先に
いるその許嫁の方の姿だったの
ですね、だから、私を見ながら
その方の名を無意識にお呼びに
なっていたのですね・・)
全てが繋がったように
雪姫は、悲しいくらい納得した。
宴の時も、手首を捻挫した時も
家康の唇が、自分ではない
別の人の名を呼んでいたことに
雪姫は気づいていた。
何よりも、家康にどんなに
見つめられても、その瞳の中に
自分が映ってないことを
感じていた。
けれど、初めて口付けを交わした
あの瞬間は、自分だけを見てくれた
気がした。だから拒めなかった。
でも、違った。
私が家康様を好きになって
しまっていたから、そう見えただけ
そう思いたかっただけ・・・
ただの独りよがりだった・・・