第8章 〜想いよ、届け〜
『分かってんなら、泣くのやめれば』
『ひどっ!何でそんな言い方しか
できないですかね、家康様は?』
と、泣いたカラスが、怒り出す。
『あー、すみませんね、意地悪な
性格なもんで!』
『まだ、根に持ってるし、ちっさ』
『小さくて、結構、失礼よりまし』
ムキーッと栞が真っ赤にして
ほっぺを膨らまし『ふん!』と
横を向く
それをみて雪姫が手で鼻と口を隠し
『あはは、お二人はいつ見ても
仲がおよろしいですね』
と、雪姫は肩を揺らして笑う。千草も笑う。
『どこが!!』と家康と栞は息ぴったりで
答える。
ここまでが、お決まりのコース。
けれど、二人を見る雪姫は
内心、栞が羨ましかった。
(私は、家康様とあん風には
話したりできないから・・・)
かつて、自分が栞と同じように
膨れっ面でプイっと怒って
家康と囲碁をしていたなんて
思いもよらないだろう。
でも、栞と雪姫は、全く
違うようで、実はとても似ている。
意思の強さも、健気なところも
人の心を掬い上げ癒す力も。
家康は、無意識だったが
栞とのやりとりの中で
竹千代時代の楽しかった
思い出と気分が重なり
どこかで楽しんでいた。
いい合っているのに
息ぴったりな掛け合いを
家康が楽しんでいる事を
雪姫も分かっていた。
だからこそ、家康様が好きに
なるのは栞さんのような人
なんだと疑わなかったのだ。
(それなのに、何故、私に
口づけを・・・)とまたそっと
唇に指先を押しあてた。
家康への気持ちを
自覚してしまった今
二人のやりとりは、眩しすぎて
逆に切なくなる。
一方、栞は、手際の良い処置も
そうだが、自分に向ける眼差しとは
全く違う眼差しで、大切な
壊れものでも扱うように雪姫の足に
丁寧に包帯を巻く家康をじっと
見ていた。
家康の雪姫への気持ちは
まぁ、家康が分かりやすいことも
あって薄々気づいていた。
そして(家康様も片思いか・・・)
と思ったが、自分で思っておきながら
(なんで、家康様『は』じゃなく『も』
って思ったんだろう?)
と、栞の方は、まだ自分の気持ちに
気づいていなかった。
栞も、雪姫と同じように
雪姫が羨ましかった。
完璧な女性の見本のように
強くて、優しくて、おしとやかで、賢くて
皆に慕われ雪姫が
特に、信長様に想われる雪姫が・・・
羨ましかった。