第6章 〜二人の姫君〜
家康は、その答えでは納得できなかった。
『極秘事項を俺だけ知らなかった
理由は、納得しました。でも雪姫に
記憶がなくなるほどの何があったかの
質問には、答えてもらってません』と
食い下がった。
『だが、貴様はそれ知ってどうする?
十の幼子が、身に起こったことを
受け止めきれず、記憶を消して
しまうほどの目にあった事は
医者の貴様なら、もうとっくに
察しはついているだろう?
事情を知り、貴様が医者として
あやつを救えると言い切るなら
教えてやる!』
『だがな』
とみるみる背筋が凍るような
突き刺すような眼差しと
険しい表情になっていき
地の底から響いてくるような低い声で
『あやつは、わしが救えなかった
盟友の忘れ形見だ。全てを知って尚
あやつを救う事ができず、傷つけ
心を壊すような事があれば
例え貴様だろうと、わしは容赦せぬ。
それでも貴様が、知りたいというなら
あやつの身に起こった事の全てを
教えてやるが、いかがする』
その殺気のこもった気迫に
家康は<ゴクッ>と喉を鳴らし
背中には冷たい汗が
ツーっと流れた。
『それに、もし貴様が、医者として
あやつを救ってやりたいと
思っているなら、貴様が
あやつと話を重ね、心を開き
自らの事を話せるようにして
やるのが治療ではないか?』
やけに『医者』と『治療』の
部分だけ語気を強め、含みを
持たせながら諭すように
家康に言った。
家康は、改めて雪姫の
心の傷の深さを思い知らされた
気がした。
雪姫を知りたかったのは
桜奈と似すぎているからだ。
十で亡くなった桜奈。
雪姫が十までの記憶がないと聞いて
そんなことはあり得ないと思いつつ
でも、雪姫が桜奈だったらと
淡い期待を抱いた。だから雪姫が
何者なのか知りたくて仕方なかった。
けれど、信長様は盟友の忘れ形見と
言った。
当時、敵対していた、信長様と
鷹山殿が盟友なはずがない。
やっぱり違うのか・・・
淡い期待が打ち砕かれた気がして
それ以上、詮索する気には
ならなかった。
『分かりました』とだけいって
家康は、雪姫の事情を聞くことなく
退室した。
(貴様が過去を見ている限り
貴様の目に本当の雪姫が映らぬことに
早く気づけ!)と
信長は、家康の背中を見送った。