第5章 〜未来から来た姫君〜
家康が部屋を出て行くと
また栞と二人きりになった。
栞が心配そうに自分を
見ている事に気づき
『栞様、ごめんなさい、私が変な
話をして不快な思いをさせて
しまったのに、お慰め頂いて
ありがとうございます。
私は、確かに十より前の記憶は
ございません。けれど、決して
不幸だった訳ではありません。
だから、辛いと思ってなくて
当たり前のように話して
しまいました。
栞様、家康様を誤解なさらないで下さいね。
あれは、家康様なりの優しさですから』
『えー、あんな酷い言われ方
したのに、雪姫さん、人が良すぎるよ』と栞。
『栞様、違うのです。私は記憶は
ないですが、きっと記憶を無くして
しまう程の何かがあったのは確かだと
思います。笑うことができなくなる程の何かが。
家康様は、その心の傷に思いを馳せて
下さったのだと思うのです。
辛いなら、泣きたいなら、我慢しないで
泣いて叫んだ方がずっと楽になれるのに
なんでそんな平然と何もなかったように
心を抑えつけるんだ!きっとそう思って
怒って下さったのだと思います。
感情を表に上手く、出せればよいのですが
出さなかった時間が長すぎて
出し方を忘れてしまたみたいです。』
と、少し寂しげに微笑む雪姫。
そしてまた続けた。
『でも、信長様に命を助けて頂いてから
今日の今日まで、皆に支えられ
慈しんでもらって生きて参りました。
記憶がなくて、不幸だなんて
一度も思った事はありません
それは紛れも無い正直な気持ちです。
特に、信長様には感謝しても
仕切れない程のご恩があるのです。
それに、こうして生きているからこそ
栞様にも出会えました。
栞様に出会って、栞様と
家康様のお陰で今日は本当に
久しぶりに声を上げて
笑うこともできました。
自分がこんな風に笑えるのかと
思ったら自分でも驚いて
でも、とても嬉しくなりました。
本当に栞様との出会いのお陰です
ありがとうございます。』
そう言うと、さっきとは違う
ふわりとした笑顔を見せた。