第4章 〜再会〜
ー時を遡りー
信長に救われ、生死の淵を彷徨い
ながらも、無事に回復し意識を
取り戻した桜奈だった。
しかし、桜奈は、全ての
記憶を失ってしまっていた。
愛する者を一瞬のうちに
次々と失った心は、それを
思い出すことを許さなかった。
思い出せば、その時こそ
自分自身が完全に壊れて
しまうことを知っているかの
ように、心は硬く閉ざされた
のだった。
愛らしいその容姿と反する
一切の感情をみせない
無表情な姿は、まるで
人形そのものだった。
寝ずに看病を続けていた
女中頭は、その痛々しい
姿に心を痛め、その後も
一心に桜奈の世話に勤めていた。
誰に対しても興味を示さなかった
桜奈だったが、雰囲気がどことなく
千草に似ていた為か、女中頭の名が
偶然にも『千草』と言う名だったからか
桜奈は、女中頭の着物の裾を
掴み、片時も離れようとは
しなくなっていた。
それを知った信長は、千草を呼び
事の全てを伝え、他言無用と
命じると千草を桜奈専属の
世話係、教育係に任命したのだった。
千草の支えもあって、スクスクと
成長していく桜奈。
立派な姫君となる為の教育が始まった。
全てのお稽古事をそつなくこなす桜奈。
厳しい稽古でも、眉一つ動かさず
泣く事も、ましてや笑う姿など
一切なかった。
辛い時もあったはずだが
そんな時は、上杉城から
出る時に唯一、持ち出した
文と紅葉の葉を眺めた。
信長様が私を助けた時に
肌身につけていたものだから
きっと、貴様にとって
大事なものなのだろうと
返してくれたものだった。
記憶のない桜奈にとって
覚えのない『竹千代』と言う名。
それでも、その歌と紅葉の
葉を眺めている時だけは
自分の中に血が通うような
温かさを感じ安堵するのだった。
だから厳しい稽古にも耐えられた。
凛とした芯の強さと、負けず嫌いは
あの頃のままだった。