第14章 〜運命の赤い糸〜
噂は、瞬く間に広がり
覚悟のないまま、流されるように
集まった者達には動揺が広がった。
中には、その日のうちに逃げ出すもの
も多数いた。
敵の名だたる武将が、自分達を潰す為に
組んだと言うだけでも、相当な恐怖心を
煽られてしまうのに、その上、
もし敗れれば家族にまで
咎が及ぶかも知れない。
自分より大事な存在がいる者にとって
それは、信心だけではどうにもならない
現実を突きつけた。
顕如も仏に仕えていた身。
顕如の目的は、信長に踏み躙られ
命を散らした同胞達の無念を晴らすことに
あった。しかし、それに権力者達への
不満が引き寄せられるように膨らみ
いつしか顕如はこの不満の状況を
打破してくれるであろう救世主に
祭り上げられた格好となっていた。
自分の私怨から始まったこととは言え
罪なき民を巻き添えにしようなどとは
思っていなかった。
『迷いがあるものは、今すぐここを
立ち去るが良い、誰も咎めはしない。
腰抜けと嘲笑されようと、構うな。
愛しい者を見捨て、自分の怒りに任せ
自分の大事なものを見失う者は、それ以下だ。
そのような者に浄土への道はない』
と諭した。
まるで、顕如自身に言っているようでもあった。
顕如からの許しが出て、里に家族を
残してきた者達は、断腸の思いで
散り散りに立ち去った。
残った者達は、熱狂的な信者と
戦によって、その大事な身内を失った者
と、織田によって滅ぼされた今川の
残党と僅かだった。
それでも引くわけには行かなかった。
その状況を把握した連合軍は
一気に顕如一派を制圧した。
顕如には、そのような噂が流れた意図に
察しはついていた。まさか、自分に憎しみを
植え付けた張本人が、憎しみを回避する策を
講じてくるとは、思わなかった。
憎しみの闇に呑まれ、食い尽くされるのは
己だけで充分だ。そう考え、その噂を
逆手にとった。罪なき民を逃せたことに
救われたような気さえした。
顕如も思いの深い、優しい男だったのだ。
これまで、信長を討つ為だけに
策を講じてきた。しかし、悉く
上手くは、行かなかった。
まるで、時代が信長を生かそうと
しているかのように、信長を愛す者達に
よって阻まれた。
そして、今、その勝敗がついたのだ。