第13章 〜君とでなければ〜
牢に閉じ込められた桜奈の
ところに、見知らぬ男がやってきた。
『信長の女と言うから、どんな女かと
思えば、これはこれは、見たことも
ないほど美しい姫君ではないか。』
と、牢の中に入ってきた。
ジリジリと近づく男から遠ざかろうと
後ずさりする桜奈。
牢の壁に追い込まれると
キッとその男を睨んだ。
『いやぁ、睨んでも美しい
姫君なんてそうそういないな。』
桜奈の髪に触れた。
『あぁ、髪は女の命だって言うのに
全く、あの粗暴者が済まぬことを
したのう』と微笑んだが、目は全く
笑っていない笑顔だった。
『貴方は、どたなですか?』
『あ、済まぬ、済まぬ。俺は
武田信玄だ。君も名くらいは
聞いたことあるかな?』
『もちろんです。甲斐の虎と
評されてる方にございましょう?』
『おっ、嬉しいね!こんな美しい姫君
にまで異名が届いているとは。
時に、君、信長の女をやめて
俺のものにならない?そしたら
すぐに牢から出してやれるけど
ところで、君の名前は?』
と口説き始めた。
『私は、桜奈と申します。
ご好意は、感謝致しますが
私には、将来を誓ったお相手が
おりますので、ご遠慮させて
いただきます。』と丁寧に断った。
『そりゃ、残念だ。まぁでも
気が変わったら、すぐに教えて
俺、君のこと気に入ったから』
と、本気とも、冗談ともつかない
真っ直ぐな眼差しを桜奈に
向けた。
『でも、こんな牢で、お気に入りの
女性を過ごさせるには忍びないな。
あとで、差し入れを持たせるよ
じゃ、また来るから』と軽いのりで
牢から出て行った。
それからすぐに、牢の中に
布団やら、鏡台やらが運び
込まれた。
(一体、何をお考えの方なのかしら)
桜奈に、すけこましの信玄の
真意など理解できるはずもなかった。
桜奈に心を見透かされたような
気持ちを抱いていた謙信も頻繁に
桜奈の元を訪ねてきた。
信玄が、持ち込んだ品々に
不機嫌になり、すぐに全部取り替え
させるといきり立った。
(一体、なんなのですか、この方達は)
桜奈には、やはり理解不能だった。
『結構です』と桜奈は
ピシャリと言った。