第9章 〜記憶の欠片〜
『その後は、貴様も聞き及んでる通りだ。
貴様に全てを教えてやることもできたが
わしは、口止めし極秘事項とした。
特に貴様だけには、知られないよう
注意を払えと命じた。
貴様がどんなに桜奈に執着し
想いを寄せようとも、全てを失い
記憶まで失った雪姫は、桜奈で
あって桜奈ではない。しかし
この事実を知れば貴様は必ず
昔の桜奈を求めるはずだ。
それが雪姫の心を無理にこじ開け
かねない。そんなことをすれば
その時は、雪姫自身が壊れ
二度と元には戻らぬのではないかと危惧し
貴様に知られぬよう口止めしたのだ。
運命の赤い糸などと言う、歯の浮くような
代物など口にするのも悍ましいが
もし、本当にあるなら、それは
互いに引き寄せ合わずには
いられないはずだと思った。
貴様等が本当に運命とやらに
導かれるなら、勝手に想いは
通じ合い成就すると思った。
貴様が桜奈ではなく
今、目の前にいる雪姫に想いを
寄せない限りそれは叶うものでは
ないとも思った。そして、貴様は
目の前の桜奈ではなく
雪姫に惚れた。そして雪姫もまた
竹千代ではなく今の貴様に惚れた。
それが全てであろう?
雪姫が貴様を受け入れたのなら
雪姫は貴様に預けてやる。
だが、前にも言ったが、貴様が
雪姫を傷つけるような真似を
すれば、わしは例え貴様だろうと
容赦はしない。
それだけ、肝に銘じておけ!
話はこれで全てだ。』
家康は、涙を堪えながら
頭を擦りつけるほどに
深々と頭を下げ、何も言わずに
信長の部屋を後にした。
家康は、虐げられた憎しみを
未だ癒せずに、抱えてはいたが
しかし、自分が信長様や鷹山殿に
大きな慈しみで見守られていた
ことも知った。
今度こそ、必ず、必ず自らの力で
雪姫を守り幸せにしてみせると
再び心に固く誓ったのだった。