第9章 〜記憶の欠片〜
(ほっ〜、少し男を、あげたか)
『良かろう、全て話てやる。
わしはと鷹山の関係は、わしが鷹山の
信念に惚れていたのだ。
奴の口癖は、『全ては民の為、民なくして
国に、なんの意味がある』そう言う奴だった
同じ、天下布武を見ている男だと思った
だから、わしは自分の右腕として欲し
口説きもした。しかし奴は、頑として
首を縦には振らなかった。
桜奈の母が桜奈を身篭った時
男児なら今川へ人質に、女子なら貴様の
許嫁となることは、生まれる前から
決まっていた。生まれたのが女子で
貴様の許嫁となってからは、貴様が
いつか立派な将となり娘を守り幸せに
してくれる男だと見定めていた。
だから、余計、わしの誘いには乗らなかった
もし、裏切れば許嫁相手として、貴様にも
咎が及ぶかも知れぬと恐れたのだろう。
貴様も身に染みて、分かっているだろうが
奴は、貴様を我が子のように案じていた。
長い人質生活で身も心もボロボロになって
いく貴様をなんとか救ってやりたくて
少しでも慰めになればと桜奈との時
を過ごさせたのであろう。
そして上杉城陥落の日、お前から謀の
動きがあると知らされ、薄々はこうなると
予測はしていただろうが、思っていたより
早く、その時は来た。今川に尽くして来た挙句の
仕打ちに、鷹山は切腹より自らの誇りを
選んだ。
その日、鷹山から文が届き、桜奈を
預けたいと言ってきた。その時の文がこれだ』
渡された文を読むと、涙が出た。
堪えるのに必死だった。
自分も父のように慕ってはいたが
自分が、これほどまでに思われている
とは思いもよらなかった。
信長に文を戻すと信長は続けた。
『鷹山から文をもらい、鷹山を
救うべく直ぐに出立したが
間に合わなんだ』信長の顔が
苦悶と怒りに一瞬歪む。
『娘だけ城から密かに逃がし
わしの元へ預けようとしたが
追っ手に見つかり、桜奈を
庇って乳母が桜奈の目の前で
切られた。その時に間一髪
間に合って桜奈だけ救う事が
できたのだ。桜奈は目の前で
母にも等しい乳母を失い
父母の身に起こった事も
理解したのだろう、絶叫して
意識を失い、三日三晩生死を
彷徨い、その後は一切の感情も
記憶も失った。』