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満月ノ夜【菱田春草】

第1章 失クシタ記憶


勢いに任せて言ってしまった…
おかしな人だって思われたに違いない。





「い、家が…分からないんです」





どこに住んでいたのか。
家族や友達のことさえも。





?「ハァ…君、名前は?」


「名前?」





“芽衣ちゃん ”





一瞬だけど、脳裏を過ぎった誰かの声。





「芽衣…です」


?「ふぅん…」





まるで興味がないような返事をし、再び歩き出した。





?「何してんの?早くしなよ…」


「え??」


?「早く着いてきなよって言ってるんだけど…」


「あ…はい!!」





よかった…


泊めてもらえそうだ。





「あの、名前は…」


春草「…菱田春草」


「菱田春草…春草さん!!」


春草「何?」


「あ、いえ…何でも」


春草「用もないのに、呼ばないでくれる?」





とっても冷たい人。
だけど、今の私には彼しか頼れる人がいない。





春草「ちょっと君、もう少し離れて歩きなよ」


「え、もう少し??」



ひと一人分の距離は保ってるように見えるけど。



春草「未婚の男女が並んで歩くなんて、普通ありえないから」


「そうですか…」





数歩離れた状態で、彼の後を付いて歩いた。
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