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ノートル・ダム・ド・ヨコハマ

第1章 プロローグ


天鵞絨のような深い闇の中でヨコハマ・山手の小高い丘は、と或る火事によって明るかった。

業火に包まれていたのは、近頃急速に信者を集めていた基督教系カルト教団の総本山である、緻密で重厚な彫刻を湛えた2つの尖塔を持つゴシック様式の大聖堂だった。

主祭壇まで身廊を支えている数々の柱は、バキバキと爆ぜながら炎に消え、聖人達を描いたステンド硝子は、パリンと言う高い音を響かせながら色とりどりに割れた。死体の焼ける匂いは聖堂を浄めていた乳香と混ざり合い、噎せ返るような匂いの黒い煙を上げている。

その光景を眺めながら、ポートマフィアの首領・森鴎外はその腕に1人の少女を抱え、隣にいる太宰治に話しかけた。

「ねぇ、太宰君。なかなか美しい眺めだと思わないかね。」

"主"を讃えていたハズの"聖なる"モノたちが、"主"の怒りに触れ焼け落ちる、そのアイロニー。あまりの皮肉に、ある種の倒錯をこの聖堂に火を放った本人である森鴎外は感じていた。

尤も、徹底した合理主義者である森にとって"神"という存在は、あまりにも非合理的であり、然し一方で、彼自身がヨコハマの裏社会を取仕切る"王"として、ポートマフィアの領分を侵した彼等に報復を与える事は、当然至極のことであった。

太宰は、特に森の発言を肯定するわけでもなかったが、口を開いた。

「そうですね。

ところで、その子、どうするのです、森さん。」

「この子かい。私が如何に合理主義で、感情を排した冷徹な人間だとて、この子ぐらいの少女の体に無数の傷があれば、心を動かされない訳にはいかないよ。何よりこの子をとても気に入ったのだよ。この子は私達と"同じ"だからね。」

森鴎外は太宰に艶やかで妖しい笑みを向けた。
森の腕に抱かれるその少女の体には、物々しい無数の、虐待の跡が残っていた。

「さて太宰君、中也君たちの方も首尾よく終わったらしい。本部に戻るかね。」

そう言うとサッと外套を翻し、太宰以下数多の黒服たちを率いて、闇に溶け込むように消えていった。
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