第23章 ご城下らぷそでぃ【S×O】
私がこの場で、名を聞くのは初めてのことだから、無理もない。
ここ大奥では、この御鈴廊下で名を聞くことは、則ちその晩の夜伽の相手を指名する…ということなのだ。
可笑しな決まり事だ。
このような大勢の前で名を聞かれるおなごは、どのような気持ちなのだろうか?
誇らしいのだろうか?
それとも、恐ろしいものか?
さとを御台所として迎える前も後も、どんなに雅紀たちに言われても、ついぞ名を聞くことはしなかったのだ。
この度、千代を仕込んだのは雅紀。
しかしその成り行きを知るものはほとんどいないので、その場に緊張が走ったのも当然だろう。
私に名を告げた千代は、全てを承諾してここにいるのだ。
千代に名を聞いたとき、さとは私の直ぐ後ろにいて、その成り行きを見守っていた。
さとには今日のことを話してあった。
「雅紀が見つけてきてくれた娘に、明日の朝、名を聞く…」
「そうですか…」
「さと…」
「随分時間がかかりましたこと。」
庭に咲いた紫陽花を愛でながら話した。
青い紫陽花が群れ咲く様をを見て、さとに出会った日のことを思い出していた。
「上様、早くお子を…」
「さと…」
「上様によう似た、可愛らしいわこが生まれてくるのを、さとは楽しみにしております」
そう言って、さとは笑った。
私を真っ直ぐに見つめ、優しく微笑むその姿は、菩薩のように神々しかった。
「さと」
思わずその肩を抱き寄せて、腕の中に閉じ込める。
「……翔さま」
「さと。私にとってはさとが誰よりも、何よりも大切なのだ。
それはこれからも決して変わることはない」
そう言いきると、さとは、
「分かっております……
でもどうか今宵は、お相手を、お優しく包んでくださいまし…今頃きっと、心細い思いをしていることでしょうから…」
静かにそう言った。