第1章 【燭さに】花忍
まだ寒く、庭は雪がようやく解けてきた頃...春と呼ぶにはまだ些か早いようだ。
それでも、春の賑わいを見せる前の少し寂しげな庭は嫌いではなかった。
今はなんとなく、華美なものは眩しすぎる。
『こんな所にいたんだね』
縁側でぼんやりと庭を眺めていた審神者は、その甘く低い響きに柔らかく笑を返した。
隻眼の美丈夫は彼女の姿を見るなり甲斐甲斐しく動く。私服に軽く羽織をかけただけの体にまるで最初から必要な事が分かっていたかのようにブランケットを掛けてゆく。
特に薄着をしていたつもりはなかった。
ただただ、彼はいつだって過保護なのだ。
『みっちゃん』
『冷やしちゃダメだって言ってるでしょ?』
咎めるような言葉も、まるで砂糖菓子で包まれたかのように甘く優しく最早咎めるなど意味などなさない。
ひととおり審神者の体に防寒対策を施した彼はやっと満足したのか彼女の背後に腰掛け包み込むように抱きしめた。
『はい、これは僕からだよ』
そして小さな花が差し出された。
体調が優れないから、ご馳走はいらないと言った審神者に、恋人の節目の日に自らの腕の振るいどころを奪われ不服そうにしながらも彼なりに考えていたのだろう。
『桔梗?』
『いいや、これは花忍だよ』
見た目は本当に桔梗のようなそれだが、色はずっと淡い。青のような、紫のような小さな花は枝分かれした華奢な茎にひっそりと身を寄せ合うかのように咲いている。
『ありがとう、綺麗だね』
『うん、ちっちゃくて、君みたい』
愛おしそうに審神者を抱く腕の力を強めると、首元に顔を埋めた。
くすぐったいよ、と笑う彼女にそれでも力を緩めることはしなかった。
もっと、もっと力を入れたなら
このちっちゃくて華奢な体は壊れてしまう
僕と同じ、温かい肉に赤い血が流れている。
けれど彼女は同じじゃない。
なんでだろう
どうして君と僕は同じじゃないの?
同じだったらと、君は僕を置いて逝くのだろう?と責めてしまったことが何度もあった。
だってこんなに愛しているのにどうして駄目なんだろう、ずっと一緒、だなんて。
だけど
彼は、光忠は本当は分かっていた。
彼女だって自分と同じように悩み苦しんでいるんだと言う事を。
一緒じゃないことを恨み、一緒に居られないことを悲しんでいるんだと言う事を。
僕達は、おんなじなんだ
