第1章 出産逃避行
「……ごめん、ごめんなさい」
また涙が溢れて、その日は部屋の片付けも出来ないまま泣き明かしてしまった。
次の日から近所から出られる範囲でバイト先を探して電話をした。妊娠4ヶ月になって、匂いつわりも落ち着いて、大好きな料理の仕事が出来るようになって、個人経営の居酒屋さんで働けることになった。雇ってくれた女将さんに正直に事情を話したら、流石に怒られた。
「まったく…! 来ちまったもんは仕方ないけどね! そりゃマタニティブルーだよ!」
「うっ…」
「まあ、親御さんも早くに亡くしてて、旦那になる奴も仕事が大変だからってのはわかるけどね? その子は話がわかる子なんだろ? ならあんたが信じてやらなくてどうすんだよ、もう…」
「……すみません」
「とにかく、しんどかったらすぐにいいな? いいね? うちに来たからにはあたしらで出来る限り守ってあげるからさ」
女将さんに怒られて、抱きしめられて、また涙が込み上げた。
自分勝手に思い込んで行動して、周りに迷惑をかけている罪悪感と自己嫌悪が巡った。
それから女将さんや常連さんとかと過ごしながら、紅月の再結成、その後の足取りもニュースで観れる限り確認して過ごしているうちに私は臨月を迎えた。
「おめでとうございます。元気な女の子です」
病院には女将さんが付き添ってくれて、分娩室には1人で入った。
抱っこした赤ちゃんは小さくて、とても暖かった。紅郎くんと同じ髪の色と瞳をしていた。顔立ちは私寄りかな。
「もう名前は決めてるの?」
「はい。明るい音で、明音ちゃんです」
紅郎くんの字の読み方を変えて捻った名前だけど、名前を考えている時にこの名前が1番しっくり来た。男の子の時のことも考えたけど明音ちゃん以外になかなかしっくり来なかった。きっと、女の子だからしっくり来なかったのかな?
女将さんは嬉しそうに優しく明音ちゃんを抱っこしてくれた。
きっと…ここに紅郎くんがいたら、大好きなとても優しい笑顔を浮かべながら抱っこしてくれたんだろうな……