第1章 出産逃避行
「おめでとうございます。2ヶ月ですよ」
体調が悪くて、匂いが気になって、生理がきてなくて念のために買っておいた検査薬を使った。でも、その結果を信じたくて、信じたくなくて、病院に行った。
結果は妊娠していた。お腹の中に大切な人、紅郎くんとの間に出来た、新しい家族の命が芽生えていた。喜びと同時に悲しみが込み上げて、私はその場で涙が止められなかった。
「……ごめんね」
紅郎くんはアイドルで、私は2ヶ月もすればで専門学校を卒業する。
でも、紅郎くんはこの春に紅月の再結成に向けて頑張っている。もしもデキ婚となれば、祝福も多少あるかもしれないけど、バッシングが多いはず。それは紅月にとって、紅月に関わる人たちにとって良くない。私が受けるのはいい、でも、この子と紅郎くんに辛い目にあって欲しくない…
「ごめん、ごめんね…」
幸いお父さんが遺してくれたお金が多少ある。就職もまだ決めかねていた。なんとか学校だけ卒業して、それを元手にアルバイトをしながお金を貯めていこう。
そしてこの子を1人で守って育てよう。大事な大事な私たちの宝物を……
きっと、こんな状況じゃなければ、紅郎くんに素直に報告できた。きっと笑って抱きしめてくれる。私の大好きな紅郎くんの腕の中で幸せいっぱいになれただろう。
「ごめんなさい、紅郎くんっ…」
病院から家に帰ってからもずっと泣いた。紅郎くんと喜びを分かち合えない悲しさ、この子と紅郎くんを引き離してしまうこと、紅郎くんと離れないといけないこと…全部が辛くてその日は泣き続けた。
それから私はなにかと理由をつけて紅郎くんに会わないようにした。電話やメールはいつも通りのつもりでいた。
学校の卒業式には出席しないで、卒業証書と証明書だけ先に受け取って、お父さんとお母さんと過ごした家から出て、ここから離れた郊外にあるアパートに向かった。その道中に紅郎くんに、お別れをしたいとメールを打った。送信ボタンをいつまでも触れなくて、ようやく触れたのは新しい家の前に着いた時だった。送信してからすぐにスマホの電源を切った……紅郎くんと直接話した方がよかったけど、どんな顔をされるか怖くて、何を言われるか怖くて、逃げてしまった…