第2章 『待ち合わせ』
『神宮寺寂雷』
会社から出て電話をする。
長いコールの後に、低く優しい声。
「ああ、夏乃くん。」
「寂雷さん、あの…」
「ごめんね、就業時間ギリギリに急患が入ってしまってね。今から迎えに行くよ。」
「寂雷さんもですか?私も今終わって…」
電話から聞こえる声と、扉の開く音。
そしてロッカーが開くガシャンという音が聞こえ、寂雷さんがロッカールームに入ったことがわかった。
「予約していたレストランは時間が過ぎてしまったね。
もし夏乃くんが良ければ馴染みの小料理屋があるんだけどどうかな。」
「あっ!私は寂雷さんと行けるならどこでもっ!」
勢いで言った言葉がものすごく恥ずかしいものだと気づき息を詰まらすと、電話の向こうで小さく笑う声が聞こえた。
「そう言ってもらえると嬉しいね。
夏乃くんは今どこにいるんだい?」
「寂雷さんたら…今は職場から出たところです。」
「じゃあ駅前が近いね。歩かせて申し訳ないけれど西口の公園まで来れるかい?あの神社のあるあたり。」
「会社の近くなので大丈夫です。」
じゃあまた後で、と電話を切ろうとすれば、夏乃くんと名前を呼ばれた気がして再び耳にスマホを当てる。
「久しぶりだから会ったら抱きしめてキスをしてしまいそうだよ。」
小さな音だからきっと独り言だったのだろう。
最後の声が聞こえた直後にぷつりと電話が切れたから。
あまり性的なことを言わない寂雷先生の小さな本音。
"抱きしめてキスをしたい"
早く会いたい。
会って抱きしめて欲しい。
唇にキスして欲しい。
寂雷さんの方が大人だからと
いっぱい我慢していた。
今日は我慢せずにいっぱいぎゅっとしよう。
そしてたくさんのキスをしよう。
end