第46章 女帝と水の聖杯 5
手当されている間はすることもないので、花京院が作業しているのをぼーっと見ていた。
私が痛くないように、精一杯気を遣いながらしてくれているんだろう。
少しぎごちない手付きで、でも丁寧にガーゼを当ててくれる。
不器用で、でも一生懸命な姿に、ふいに愛おしさがこみ上げる。言葉にする代わりに、花京院の頭をそっと撫でた。
一瞬、花京院のビクッと肩が上がった。
振り払われるかと思ったけれど、花京院は抵抗することもなく俯いていた。
「花京院。あなたにお礼を言いたかったのよ。あなたがいてくれて良かったわ、ありがとう。」
笑顔でそう伝えると、それまで俯いていた花京院が顔を上げる。手当をして顔を近づけていたから、思っていたよりも顔が近い。
数センチ近づけば、唇が届きそうな距離だった。
花京院は何を言うでもなく、真顔で私の方をジッと見返している。
頭を撫でていた手は、花京院が顔を上げたことでいつのまにか彼の頬に移動していた。羨ましいくらいスベスベのほっぺは、ほんの少し熱を帯びている。
きっと、インドの気候が暑いせい…だと思う。
息がかかりそうなこの距離で、相手の頬に触れているなんて、まるで恋人同士が…キスをするみたいじゃない。
変に意識してしまい、私の頭の中はますますパニック状態になる。
私は心臓が張り裂けそうだと言うのに、花京院はあろうことかこの至近距離のまま「アンナさん…」と話をし始めた。
到底話の内容なんて入ってくるわけがなく、私は思わず花京院から目をそらす。
ドキドキと心臓がうるさい。
この状態で話し続ければ心臓が持たないが、離れるタイミングを見失ってしまっていた。
なんとか気を紛らわそうとあたりを見渡すと、何故かハイエロファントの触脚がウネウネと出てきていた。
花京院も気がついていないのかしら…。
彼の頬に当てていた手を伸ばすと、ハイエロファントはすぐに私の腕に絡みついてきた。
いつの間にか随分と懐かれちゃったわね。
子犬に寄り添ってくるハイエロファントに思わず笑みがこぼれた。
ハイエロファントのおかげで、かなり気持ちが落ち着いた。
何より、離れるための『言い訳』が見つかったことに安堵する。
「ふふふ…。あなたにも、お礼を言わないと。ありがとう、ハイエロファント。」
そう言うと、ハイエロファントはさらに嬉しそうに私の腕に絡みついた。
