第32章 火の棒と大地の金貨 4
ふわりと髪の毛を触られ顔を上げると、
花京院が優しく笑っていた。
「アンナ、確か青いバラの花言葉ってー」
「おい。」
花京院の言葉を遮ったのは承太郎だった。
「じじいから伝言だ。今後について話すから、甲板に来いだとよ。」
承太郎はそれだけ伝えるとすぐ甲板の方へ戻っていった。一緒に戻ればいいのに、ほんとマイペースなんだから。
やれやれだぜ、と思わず彼の口癖を心の中で呟く。
立ち去っていく承太郎の背中を呆然と見ていると、
花京院が私の肩に手を置いた。
「さ、僕たちも行きましょうか。」
「そうね。ところで、花京院。さっき花言葉の事で何か言おうとしていなかった?」
私の言葉で、歩き出した花京院の足が止まる。
それから、ゆっくりと私の方に体を向けた。
「いえ、大したことではないので大丈夫です。ただ…。」
そう言って、花京院は両手で私の左手を取った。
花京院の手は、アヴドゥルやおじいちゃんのゴツゴツした手とは違う、細長くてきれいな手をしていた。
それでも、両手で包まれると私の手なんかすっぽりとつつまれてしまって。
ああ、やっぱり彼も男の子の手だなと嫌でも実感する。
耳まで赤くなっているだろう私をじっと見つめて、彼は言葉を続けた。
「僕は、あなたの手を離したりはしませんよ。」
勝手に亡き者にされるのはごめんですからね、と花京院は無邪気に笑った。
その表情には下心なんか全くない。
ただ純粋に仲間を心配して出た言葉なのが、痛いほどよくわかった。
でも、やっぱりずるい。
そんなふうに手を取って、そんな優しい言葉をくれて。
頭とは裏腹に、私の心に正直な脈拍はこれでもかと言うほどに跳ね上がっていた。
早くこの距離感に慣れていかないと、寿命が縮まってしまいそう。
私は自分を落ち着かせるように深呼吸して、それから花京院の手を彼の胸の方に押し戻した。
「でも、花京院ならブルーじゃなくてグリーンのバラね。
さ、いい加減集合しないと怒られちゃうわ。甲板に行きましょう。」
まくし立てるように一気に言い終わると、私は踵を返して歩きした。
後ろから慌てて着いてくる花京院の足音が聞こえる。
もう恋だ愛だと浮かれたりしない。
でも、花京院の優しさに体が正直に反応してしまうのはどうしようもないかもしれない。そう思った。